進行性胃がんと免疫療法 __一例報告
〇〇クリニック 獅子風蓮
平成19年10月より〇〇市〇〇町に小児科クリニックを開業し、はや3年目になります。その間、いろいろなことがありましたが、おかげさまで順調に患者さんも増え、経営的には安定してきておりました。
しかし、最大の危機は、昨年の夏にやってきました。まったくプライベートな話で恐縮ですが、突然起きた私の胃がんについての顛末をご報告いたします。
本当をいえば、このような手記を書くべきかどうか迷いました。世間的な常識では、あまりひと様に、おぞましいガンの話などすべきではないのかもしれません。また、手術後一年も経っておらず、まだこの先どうなるか分からないのに、このようなものを書くのは時期尚早かもしれません。
でも私のささやかな経験が、何かのお役に立てばと思い、重い筆をとりました。
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私は50歳で開業したのですが、しばらくして周囲の人から「やせたね」と指摘されることがありました。でも、あまり気にしていませんでした。
いつのころからか、空腹時に上腹部痛がおきるようになりましたが、仕事に伴うストレスと軽く考えて、手持ちの胃薬を飲んだりして、ごまかしていました。しかし、その後も腹痛が続いたため、念のためと思い、昨年8月中旬に自宅近くの内科で胃カメラを受けました。一週間後に担当医から結果を聞いて、愕然としました。
進行性胃がん(4型)で病理の結果はグループⅤ(低分化型腺ガン)でした。いわゆるスキルスという奴です。
手術ができる近くの病院に紹介状を書いてもらいました。受診日は2日後です。
さあ、大変なことになりました。
なんでもっと早く検査を受けなかったのだろう。せめて開業を考える前に、胃カメラを飲んでおくべきだった。そうすれば、莫大な借金を背負い込むことはなかっただろう。保険も、一般的な生命保険を一つかけているだけで、がん保険なんて気の利いたものには入っていない。いろいろ後悔することは多々ありましたが、自分が死ぬかもしれないということは、まだピンとこないのか、あまり恐ろしくはありませんでした。しかし、残される妻子の生活が心配でたまりませんでした。
でも落ち込んでばかりはいられません。即入院、手術となるかもしれず、いろいろと準備をしなければ。胃がんについても調べなければ。
その時点での私のイメージでは、進行性胃がんしかもスキルスといえばもっとも予後の悪いガンで、手術してもほとんど延命は見込めず、という恐ろしいものでした。化学療法をすれば、全身衰弱が激しくなり、頭髪は抜け免疫力は低下し、とてもクリニックの仕事は続けられないでしょう。
まだ開業時の借金もほとんどそのまま残っており、クリニックを閉めることは我が家の家計の破綻を意味します。なんとしても、化学療法は避けなければならない。でも、手術をすれば化学療法はセットで行われるに違いない。どうせ手術しても生存率が低いなら、手術はしたくない。そんなに長生きしなくてもいい、当面の仕事ができて、借金返済のめどがつくまで働きたい……
そんなことを考えながらパソコンに向かって進行性胃がんの最新治療を求めて検索していると、樹状細胞療法という一種の免疫療法があることが分かりました。自己ガン組織を用いて、樹状細胞に抗原を覚えさせ、自分だけのワクチンを作成し、術後に皮下注する。活性化リンパ球療法を併用すると成績がよいらしい。この方法にかけたい、と思いました。
ただ、残念なことにこの樹状細胞療法は、保険がきかないためかなりの出費となります。それでも、一縷の希望をこの治療法に託したいと思いました。
8月下旬、紹介先の病院を受診しました。至急で行った検査結果では、肺や肝臓には転移がなく、腹水、胸水もなし。ただ、膵頭部への浸潤の有無については、分からないということでした。
私は担当医に、手術と化学療法はしたくない、樹状細胞療法を受けたいと話しましたが、あまりいい顔はされませんでした。所詮はうさんくさい代替療法、と思われたようでした。自己ガン組織を用いた樹状細胞療法を受けるには、手術してくださる外科医の協力が必須なのですが、そのような治療に関する連携はできないと、きっぱり言われました。それでも、セカンドオピニオンを受けるのはいいだろうということで、紹介状を書いてもらい、樹状細胞療法を手がけるSクリニックの医療相談を受けることにしました。
医療相談担当の医師は、標準治療として、手術と化学療法は受けた方がいいと断言されました。その上で免疫療法を行うことを考えるべきだということでした。料金は決して安くはないが、もしこれで術後の再発を防げるなら、高いともいえない。再発した後で後悔することのないように、この免疫療法を受けようと思いました。
化学療法に対してびびっていた私ですが、最近ではTS-1という効果的な内服薬もあるということで、思っていたより抗がん剤のダメージは大きくなさそうでした。
とにかく、手術を受けよう。お腹を開けたときに腹膜転移がすでにあれば予後は悪いが、腹膜転移もすい臓への浸潤もなければ、あと数年は生き延びられるかもしれない。
手術までの時間、何かできることはないかと思い、いろいろ調べると、丸山ワクチンについて書いてあるホームページにたどり着きました。よくガンの末期で他に治療法がなくなって丸山ワクチンにすがる、というような話は聞きますが、手術前の早い段階で、こうした療法を行ったら、もっと効果が高いのではないか、と思いました。でも、日本医大までいって正式な手続きをして丸山ワクチンをもらうのは、どうも敷居が高く、これは使いませんでした。
また、温熱療法がガンの進行を抑えるらしいというので、さっそくこれは取り入れました。
お風呂は、なるべく高温で長い時間入るようにしました。また、夏だというのに腹部に使い捨てカイロを貼りました。診療の合間、白衣の上からカイロを胃の辺りに押し当てている私の姿は、職員からみたら、胃の痛みにこらえているように見えたかもしれません。必死になって、何でもかんでもやっている姿は、はたから見たらこっけいだったかもしれませんね。
こっけいと言えば、気持ちの持ち方が免疫力と関係するとも言われていますので、ガンに負けないように、自分で自分を励ましました。具体的には、通勤のクルマの中で、ひとりで「頑張れ、頑張れ、僕の免疫! ガン細胞なんかやっつけろ!」と声を出したりしました。あまり他人には見せたくない姿です。
9月のはじめ、MRIを受けました。その結果、胃がんとすい臓の癒着が疑われました。担当医からは、治療に関しては甘い考えを持たないほうがいいと言われました。術後の化学療法が大事なので、より専門的な病院の方がいいとのことで、順天堂を紹介していただきました。
私のクリニックについては、閉めることも考慮に入れた方がいいと言われました。これはこたえました。いかに上手にクリニックを閉めるか、さらには人生の終わり方までも考えなければいけない時がきたのかもしれない……
しばらくして、紹介状を持って順天堂医院を受診しました。担当医は優しく話を聞いてくれました。私は悲壮な決意で「長く生きられないことは覚悟しています。クリニックを閉じることも考えています」と話すと、何も今そこまで考えることはない、手術でうまく取れる可能性もあると言ってくれました。前医で厳しいことを言われていたので、希望を持てるような言葉が本当にありがたかったです。
順天堂での検査結果では、リンパ節を除いて、あきらかな転移はなく、すい臓に浸潤がある可能性は低いとのこと。また、樹状細胞療法の方の協力もしていただけるとのこと。明るい希望の光が差してくるのを感じました。
9月16日、順天堂医院に入院。
9月19日、胃全摘手術。次女が、切除した胃がんの組織の一部をSクリニックまで運んでくれました。
手術は成功でした。ガン組織は、転移したリンパ節を含め全部取れたらしい。腹膜播種もないとのこと。やった! これであと数年間は生きられる。仕事ができる。
10月2日、退院。
10月中旬より、クリニックの仕事を再開しました。最初はこわいので、半日のみ予防注射に限り受け付けることにしました。
10月下旬より、抗がん剤(TS-1)の内服を開始しました。
その後、頭髪も抜けず、白血球もそれほど減少せず、明らかな副作用もなく順調です。
Sクリニックに何回か通い、樹状細胞療法も受けました。
11月中旬より、午前午後の一般診療を開始して、今にいたっています。
いまのところ肝臓、肺などへの転移は認められていません。抗がん剤の内服は続けており、食事には苦労していますが、なんとかクリニックの仕事をこなしています。ここまで来られたのは、家族をはじめ周囲の方々の支えがあったおかげです。
また、医師会の先生方にはいろいろご迷惑をおかけしました。とりわけ今年の3月まで、医師会の仕事(学校医、予防注射、乳幼児健診など)を免除していただき、助かりました。本当にありがとうございました。
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最近、高名な精神科医である中井久夫先生の『臨床瑣談』(みすず書房)という本を読んだのですが、その中に丸山ワクチンのことが書かれていました。
中井先生は、平成14年に前立腺がんの全摘出を受けたのですが、手術までの猶予期間を利用して、丸山ワクチンを御自分に試されました。PSAは明らかに減少し、以後、先生は抗男性ホルモン治療を拒否して、このワクチンだけで生存しているとのことです。
中井先生も指摘していますが、ガンの免疫療法は、これまでその大部分が最後の手段として使われてきました。初期から使えば数段に効果が上がることが期待されます。
私も同感で、進行がんならなおさらのこと、手術前から、免疫療法などをいろいろ組み合わせて行っていくのが良いのではないでしょうか。
私の経験は、ほんの一例にすぎません。私の選択した、樹状細胞療法、温熱療法、自己暗示療法など、何がどこまで効果があったのか、科学的な判断はできないでしょう。でも、スキルスと診断され、手術を前にしたあの時期に、自分なりに最善の治療法を探り、試してみたことは、われながら悪くなかったかなと思っています。私のささやかな一例報告が、ガンの免疫療法の進歩に少しでもお役に立てば幸いです。
(2010.7.2 記)