「よりよい創価学会をつくるために」
獅子風蓮
1.この1年間考えてきたこと
現在大学2年になろうとしているぼくは、今(昭和52年当時)はもう、(池田)会長の言うことはすべて正しく、学会の組織は絶対服従すべきだ、とは考えていない。もともと、昔から信心に対して醒めたところはあったが、それでもつい最近までは、自分なりに会長・学会を信じていたし、疑うことはなかった。それがどのようにして今のようになったか、ふりかえってみたい。
大学にはいりはじめのころ、学生部の活動がきびしいのに驚いた。とにかく折伏をやれと言われた。学内の方は、まあ適当にやっていたが、ブロックの方はほとんど出なくなった。
たまに、ぼくのきらいな部長さんが訪ねにきて、指導をした。彼の指導は、(そんなに時間がないというなら)睡眠時間を減らせ、クラブなどやめろ、というのも同然に聞こえ、ぼくは反発した。この人に、ぼくの生活や、たのしみを制限する権利があるのだろうか、というような反発だった。
(昭和51年)4月末ころ、『訴訟された創価学会』(松本勝彌・現代ブレーン社)や『続・創価学会を斬る』(藤原弘達)や『転換期の宗教』(笠原一男・NHKブックス)などの本をたて続けに読み、かなりショックを受けた。『続・創価学会を斬る』が、一部のスキャンダルをつかまえて、それが全体かのように学会を批判しているのにくらべて、『訴訟された創価学会』は、かつて学会の中堅幹部として活躍した人が書いたものであるから、よけいショッキングであった。たとえば、公明党支援のため選挙違反を勧める学会幹部の話などは、実際にありそうなことだけに胸がいたんだ。
(昭和51年)5月のはじめころ、『沈黙』(遠藤周作・新潮社)を読んだ。テーマとは少しずれるが、自分の問題として、ぼくがロドリゴ(ポルトガルから日本に渡ってきた司祭で、転教するか、さもなくば拷問を受けている農民信徒を見殺しにするか、と迫られて転教した)の立場だったらどうすべきかと考え、悩んだ(もちろんぼくの場合は、踏絵ではなく、たとえば、御本尊を御不敬することになろうか)。そのときは、結論を出すのが少しこわい気がして、この問題を保留しておいた。
そんなことを考えていたから、折伏に身がはいるわけもなかった。しかし折伏は創価学会の生命線ともいえるものだった。当然ぼくも折伏自体を否定することなど考えていなかったので、何人かの友人を先輩のところに連れていったりした。
しかしだんだん、自分に確信がないのに、また学会組織に対して疑問を持っているのに、折伏をしなくてはという義務感で折伏するのは無責任ではないか、と思いはじめた。1人の人間を入信させるということは非常に責任の重いことである。しかし、一体、入信させることによって、本当にその人は幸せになるのだろうか。
聖教新聞には、功徳の体験の記事が毎日のっているが、学会員全体としてはまだ、社会的に弱い立場の人が多いのではないだろうか。
池田会長及び聖教新聞は最近頻繁に「報恩」を強調するが、功徳らしい功徳を受けていない人に「報恩」を説くのは無理なのではないか。
功徳は本当にあるのだろうか。学会は即物的利益を否定していない。ならば、過去から現在の、学会員と非学会(員)の所得増加率の間に有意の差が認められるかどうか、科学的に統計を使って調べてみてはどうだろうか。(プラスの)有意の差があると断言できる人がいるだろうか。
『人間革命』には、実験証明によって入信決意をしたという人の話がのっているが、それが「偶然だ」と言う批判に耐えるためには、もっと科学的な、統計的手法の実験証明が必要ではなかろうか。
何かスッキリしないものを残しながら、それでも1学期は、クラブ(陸上部)をしたり、クラスの友人と遊んだり、勉強したり、わりあい大学生活をenjoy した。学生部の活動、勉強、クラブ(陸上部)、遊び、睡眠、この中で今いちばんぼくのしたいこと、すべきことは何なのかと自問自答し、選んでやっていた。上からの押しつけよりも、自分の主体性を大事にしたかった。
秋休みがすぎて2学期にはいってから、環境問題研究のゼミをとったり、宇井純氏の自主講座に足をつっこんだりして、忙しくなった。自主講座の人たちに接しているうちに、学生部のもつノンポリ性とか、体制順応体質などに対して不満を感じるようになった。
このように、いろいろ学会に対する不満はあるが、学会のよいところ、社会に対してなした諸功績はもちろん認める。終戦直後の貧苦・病苦にあえぐ民衆に生きる希望と活力を与え、生きがい喪失時代といわれる現代の民衆に生きがいを与え、殺伐とした都会に老若男女共通のコミュニティーの場を与えてきたのは確かだし、その功績は大きいと思う。
たとえばうちの母などは、お客さんがきたときなど、「現在の私があるのはすべて学会の組織のおかげです。」と話している。
「よりよい学会を……」などと考えているぼくは、こんな典型的学会婦人に会うと考えてしまう、「学会に波紋など起こさず、今のままでいいのではないか」と。
そんなとき、今年(昭和52年)の3月ころ、『公明党と創価学会』(木内宏・合同出版)と『新聞記者として』(内藤国夫・筑摩書房)を読んで、創価学会・公明党に関する問題点の本質がハッキリしてきたと思った。そうなった以上、もう見て見ぬふりはできない。常に理想を追求することが若さの特権ならば、その特権を使って、よりよい創価学会をつくるべく努力してみようと思った。
ただその際、第1に考えたいのは、毎日まじめに信心しているおばさんやおばあさんたち及び現在の学会に善意の批判をしてくれる人たちであり、学会の組織や幹部の保身などでは決してない。
よりよい学会をつくるためには、過去・現在をふりかえっていろいろな問題を分析することから始めなくてはならないだろう。ぼくがこの1年間考えてきたことの結論として、大きな2つの問題点を見出した。この2つという分け方は合理的ではないかもしれないし、多分に重複するところもあるだろうが、(創価学会に関する)あらゆる問題のほとんどをカバーできると思う。
(Ⅰ)自分の信ずるもののため他を犠牲にすることは許されるか
(Ⅱ)創価学会・公明党のもつ「批判拒否体質」
以下、これにもとづいて考えてみよう。
2.(Ⅰ)の問題について
(Ⅰ)の問題は『沈黙』(遠藤周作)のテーマの1つでもあった。ロドリゴにとって、自分の信ずるもの(神)のために農民信徒が殺されるのは許されなかったのだ。
また(Ⅰ)の問題は、宗教に限らずマルクス主義信仰、科学信仰などにもあてはまると思う。たとえば、共産革命のため少々の犠牲はやむをないか、という問題にもなるわけである。
言論問題の本質も(Ⅰ)の問題にあると思う。言論問題の概要を『新聞記者として』(内藤国夫)から抜きだしてみる。
毎日新聞の記者内藤国夫氏が公明党論を書いて出版しようとしたところ、竹入委員長、北条前委員長をはじめとする公明党・創価学会の幹部が訪れて出版を妨害した。そればかりか、政界ボスや右翼の使いと称する人まで仲にはいって出版をやめさせようとした。たとえば、右翼の大物笹川良一氏までが、「私は前に公明党に借りがあるので、この際その借りを返したい。」と言って仲にはいってきたという。また、池田会長の証人喚問が自民党の強力で流れたため、それ以後の公明党の政策が右寄りになったという。
この問題を分析するうえで、竹入委員長が内藤氏に言ったことばは興味深いので引用してみる。
「私たち公明党はなにをどう批判されてもかまわない。しかし池田大作会長の批判だけは許せない。断固闘う。池田会長の出てくるところは全部削除してほしい。」
この発言を読んで、竹入委員長の心情に大きく共鳴する人が、学会内には少なからずいると思う。しかしそれでは言論問題は解決したことにはならず、第2第3の言論問題も起きかねないのではなかろうか。大事なのは、よりよい創価学会を作るために、この問題を正しく分析することではなかろうか。
そこで考えてみたい。当時の竹入委員長らの心情は、どんな手段を講じても池田会長を守ること、であったと思う。これは、池田会長を絶対的に信じる者としては当然な行為だったと思う。しかし(Ⅰ)にあてはめて言えば、自分の信ずるもの(池田会長)のために、党として決定的に大事なことを犠牲にしたのだ(言論の自由を犯したこと、自民党に借りをつくって党の政策を右寄りにしたことなど)。このことは事実として認めるべきだろう。その上で(Ⅰ)の問題をよく考えてほしい。
ぼくとしては、自分の信ずるもののために他を犠牲にすることは許されるべきではない、という結論に達した。だから、もし今のぼくがロドリゴの立場だったらきっとぼくも転教するだろう。
この結論は、逆に言えば、誰にも明らかな科学的真実でない限り、絶対的に信じるべきではないという結論でもある。
以下、この結論に基づいて述べていきたい。
『訴訟された創価学会』(松本勝彌)などが創価学会を批判するときのいい材料になることに、選挙違反の扇動、替玉投票などがある。これらがまああったことは、事実として認められなくてはならない。「絶対的信仰」の立場からすれば、どんな手段をとろうと公明党が躍進するのはいいことであり、大善ともいえる。選挙違反など小悪だから結局は善なのだということにでもなるだろうか。しかしこの論理がまちがっているのは明らかである。仏法民主主義というからには、民主主義のルールは絶対守るべきである。
学生部の会合にしつこくさそわれることがよくあるが、こちらが忙しかったり、会合がおもしろそうでないので行く気がしないときにしつこく誘われるのはいやなものである。もうぼくは子供ではないのだから、会合の連絡さえ受ければ、出る出ないは自分できめる。折伏にしてもそうだ。相手の迷惑も考えず、毎日毎日おしかけて、出てこないとなると玄関前で何時間も待っているようなことは賛成できない。
そうは思わない、という人は『世直しの倫理と論理』(小田実・岩波新書)を読んでから、もう一回よく考えてほしい。たとえば、この本(下巻)のP103 に次のような文章がある。
「抑圧者というのは、私流の言い方をすれば、『しくみ』を背負って、他の人間のくらしを踏みにじる人間のことであり、自分が自分流に生きるために他の人間の同じ権利を拒もうとする、そして、そのことのために多くの人間をまき込もうとする人間のことです。……略……
傲慢であります。自分がそうと知っていないだけに、余計、傲慢であります。」
ぼくも、小田実氏の考え方に同感である。どうか学生部の中で役職のある方は、くれぐれも「抑圧者」とならないよう気をつけていただきたいものです。
3.(Ⅱ)の問題について
「批判拒否体質」という指摘は、『新聞記者として』に書いてあるので、その部分を少し引用する。
「……公明党との場合は論争には決してならない。こちらが提起した遠慮しながらの疑問には少しも答えず、ただ、『わが党の悪口を書くような記者とは口をきかない。新聞記者の一人ぐらいとばすのはわけないんだ。あなたも気をつけた方がいい。』の一点ばりである。私はこれを〝批判拒否体質〟と名づけた。」
公明党に限らず、学会内にこういう体質はないだろうか、よくまわりを見回してみよう。
学会組織の一番の特徴は指導・講義体制だろう。質問をうけ、それに答えるという形の体制はあるが、賛否両論に分かれての議論は全くない。おまけに個人指導が重視されている。これは当然、指導するのが目的であり、指導される側の意見などはじめから問題にされていない。このような体制では反体制的意見がイニシアティブをとることはありえない。今まで学会が一枚岩の団結をまもってきたのは、この体制によるところが多かったろう。
このような学会体制内で育った公明党員がいざ外に出たとき、「批判拒否体質」を指摘されたとしても想像にかたくない。
また、ピラミッド型組織の頂点に会長がいるという現在の会長制も、考え直してみる必要がある。宗教法人「創価学会」規則第5条の一によれば、会長の任期は終身とされ、後任会長は現会長があらかじめ定めた人物でよいとなっている。また「代表役員は会長をもって充て」(第8条)「代表役員はこの法人を代表し、事務を総理する」(第10条)とあり、「会長の座」は規則の上でも強大な権力を保証されていることになる。一般の社会通念から考えれば、たいへんな独裁制度であり、民主的な歯止め機能の働く余地がない体制ともいえる。
この点については言論問題後の70年5月3日の本部総会で、池田会長は次のように述べており、規則の非民主制を反省している。
「学会本部の機構も抜本的に近代化システムに変えていきたい。宗教法人法に基づく『創価学会規則』の内容も、全宗教界に先がけて最も民主的な内容にしていきたい。現在、委員会で検討中であるが、たとえば会長の任期も3年ないし4年にし、選挙制にするなどである。今までの規則では、会長は終身制と定められてきた。世界からも、会長はカリスマ的支配だなといわれてきたが、会長終身制では、そういわれてもやむを得ない」(70年5月4日付『朝日新聞』)。
ところが、その後何らかの改正があったとは聞いていない。
ぼくは、前述したように「絶対的信仰」を否定する立場から、現在の会長制は改正すべきだと思う。池田会長も人間なのだから、まちがいを犯すことも年をとってボケることも、全くないとは言えないと思う。だから何らかのdemocratic control (民主的チェック・歯止め機関)をほどこすべきだと思う。
まず第一に、学会員一人一人の意見を反映した討論のできる場をつくり、会員の生活に影響を及ぼすことはすべてこの討論を経るようにする。会長制や学会規則のこともここで話し合うべきだろう。またこの場で、松本勝彌氏や妙信講の批判なども誠実にうけとめたらいいと思う。日蓮正宗が公開を拒否しているために、大御本尊が大聖人の御真筆かどうか明らかにならないでいるが、ぼくは筆跡鑑定でもなんでもやって堂々と白黒をつけるべきだと思う。この問題も民主的討論にかけるべきだろう。いろいろな学会批判も、この場で討論するほどの余裕がほしいものである。
また学会は、公明党を生み出した母体として、公明党の政策についていろいろ勉強し、討論をする場を持ってもいいと思う。万一公明党が道をあやまりそうな場合には、それを警告し、正しい道につかせる権利と実力が、学会にはあると思う。
たとえば、前述の笹川良一氏(勝共連合名誉会長)との貸し借りのために、勝共連合=統一教会=文鮮明=KCIA=日韓癒着という一連の疑惑に対する公明党の攻撃が弱まっているとしたら(あくまでぼくの想像であるが)それは、個人としても学会としても許せないことだと思う。そういうときこそ学会は公明党のシリをたたくべきであると、ぼくは思う。
他にもいろいろ討論すべきことはあるだろう___それは、学会員一人一人の問題意識から出てくるものすべてである。
4. さまざまな問題点
①会計
学会の収入は、主に機関紙(月間販売収入約29億円__『公明党と創価学会』より)とその他書籍の売り上げ、それと財務(年間約20億円__『公明党と創価学会』より)からなっていて、莫大なものだが、その使い道はぼくたちに知らされていない。
ほとんどの会員は、会長及び学会を信頼しているから全く疑うこともない。ぼく自身も、会長が毎日分きざみの行動をしているのを知っているから、学会が金目当ての組織だ、などとは夢にも思わない。おそらく、予算はすべて、会場運営費とか学園・大学への補助とか各種団体への寄付とかに使われているのだろう。しかし会計報告というのは、必要性が感じられないかもしれないが、民主的団体である以上必ず行うべきものだと思う。一部の会員や非学会員によけいな疑問をいだかせないためにも、聖教新聞などを通して定期的に会計報告を行うべきだと思う。
➁聖教新聞
今までの聖教新聞は、多分に「大本営発表」的なところがあると思う。
ぼく自身、家族で聖教新聞に載ったとき、言わないことを言ったように書かれたことがある。記事の捏造は、たとえそれが善意のものであれ、不愉快なものである。
学会組織を民主的討論体制にするにともなって、当然聖教新聞も変革すべきだろう。機関紙は、討論の場として重要な位置をしめるようになるだろう。
③公称世帯数
学会内では、会員世帯数は750万、会員数は1千万、10人に1人は学会員だと教えられる。学会の言うことはすべて正しく、うそをつくはずがない、と信じていたころは、そのとおり信じていたが、まわりを見わたしてみてもそれほど多そうには思われない。たとえば東大生の中で学会員は約1%にすぎない。『公明党と創価学会』によると、750万世帯というのは公称世帯数であり、寺から授与した掛けマンダラの累計であり、実際には脱会者がかなりいるため実数は、約200万世帯、信者は約700万人(世帯員全員が入信しているとしたときの数)という。
なぜこのような誇大な数字を発表するのか。同書によると、「自らの権威を誇示するためか、または信者の士気をそこなわないようにとの配慮からであろう。」とある。もしそれが本当ならば、これまた、まさしく「大本営発表」的である。
これではいけないと思う。全会員は事実を正確に知る権利があるのではなかろうか。学会には、正確な学会員数を調べて公表する義務があると思う。
もっと根本的な方法として、全学会員の名簿をあらためてつくりなおすことを提案する。その際、学会をやめたいという人はやめていただいて、いわゆる〝幽霊信者〟がいないようにする。多少学会員の人数はへるかもしれないが、やめたいと思ってもやめられない人にとっても、また学会全体にとっても、その方がいいと思う。名簿更新を何年かごとに定期的に行えば、よりいいと思う。
④社会のためになる活動を
池田会長は、1972年第35回総会をはじめ、いろいろな所で「反戦平和」の戦いを強調されてきた。それをうけて、青年部などによって、多くの反戦出版物が刊行されたり、署名運動が展開されたりした。去年の学生部部大会の「反戦反核」というテーマも、そういう趣旨でかかげられたものだろう。
ぼくたち学会員はこういった行動を、他のどんな平和運動よりも根本的で理想的なものと自負してきた。しかしジャーナリストはそれほど手放しに賛美してはいない。たとえば、『公明党と創価学会』は次のように指摘しているが、これはするどい指摘だと思う。
「こうした創価学会の動きはそれ自体評価されるものだ。だが同時にそれが、かつての〝折伏主義〟や言論出版妨害問題に露呈した自らの非民主性、反大衆性を払拭するための合理化手段である、という側面も見逃すわけにはいかない。また、大衆行動強化という本来なら下部からの積み上げの結果として打ち出されるべき政策決定が、依然として会長個人の発想から出発している点も指摘しておきたい。あえていうならば、絶対者の意志によって『左』にも『右』にも動く〝一枚岩〟の組織はもともと大衆行動の資格には欠けるのである。」
実際、去年の部大会は「反戦・反核」をかかげていたものの、それはその時だけに終わり、その後何の行動も起こしていない。これでは、「反戦・反核」はただの客集めの看板にすぎなかったと言っても過言ではないであろう。
なぜそうなってしまったか。それは、上の指摘にもあるように、運動が、下からもり上がったものではなく、上から打ち出されただけのものだったからだと思う。このことからも、指導体制から討論体制への変革が必要なことがうかがわれる。
討論体制に変革したうえで、池田会長の言われる宗教者の使命に立って、さまざまな活動をしていったらいいと思う。
まず第一に、各地の住民運動、ボランティア活動、福祉活動、反公害運動、反戦運動などに会員一人一人が個人的にとびこんでいって、その運動に学ぶことを提案する。このような活動により、学会員は、外部の人からも学ぶことが多くあることを知るだろう。また、信仰による豊かな人間性をその運動に役立たせることもできるだろう。
ただし、学会員がすべての leadership をとろうなどという思い上がりはユメユメもたいないことである。
また、これらの活動を折伏の一環という意味でやるべきでないと思う。その人が本当に仏法の話をしたいと思ったときに折伏するのはかまわないと思うが。
最後になったが、緊急の提案をしたい。
最近カーター米大統領選の「人権外交」が注目をあびているが、これはカーター氏個人の宗教的信念にもとずくものとも言われている。それをまねするわけではないが、ぼくたちは同じ宗教人として、また同じアジア人として、独裁政権の下で人権を守る闘いをしているキリスト教徒らを見て見ぬふりすべきではないと思う。
たとえば学生部としてでもいいから、ただちに全体的討論にかけ、訴える内容・方法を決め、来たる部大会で彼らを支援する行動を起こしてはどうだろうか。
全国各地で、独裁政権抗議のデモを行ったとしたら、すごい力を発揮するのではないか。わが国政府の対韓姿勢も多少変わるかもしれない。
以上の考えに基づき、次の3点を提案する。
(番号は、緊急を要するものの順)
1. アジア民衆の人権を守る闘いを下からもり上げる。
2. 学会組織を指導体制から討論体制に変革し、討論の場を設ける。
≪討論してほしい問題≫
①会員名簿更新
②大御本尊の真偽をはっきりさせること
③会長制に democratic control をほどこすこと
④各種住民運動との交流
⑤聖教新聞の刷新
他
3. 会計報告すること。
(さいごに)
このきたない字の原稿を最後まで読んでくれてありがとう。
ぼくの意見に反発を感じた人は、『沈黙』と『世直しの倫理と論理』とを読んで、もういちど自分でよく考えてみて下さい。『公明党と創価学会』、『新聞記者として』(p108~p126)、 『訴訟された創価学会』なども、できれば読んでいただきたい。
今までぼくは一人でこの孤独な作業を続けてきたので、独断的な所があるかもしれない。
どうかこれを読んだ感想を聞かせて下さい。もしぼくの意見に賛成なら協力してほしいし、批判があれば討論したいと思います。
1977(昭和52)年4月18日