マイアーカイブ

私が大学生のころより折々に綴った拙い文章を、明らかな事実誤認や誤字脱字を訂正して、掲載しました。また、読む人の理解のため、適宜( )内に用語を補っています。年号などは漢数字から普通の数字に変えています。それ以外は、おおむねそのまま掲載します。当時の幼さや青臭さが滲む文章に、はずかしい思いが強いですが、あくまで当時の私が当時の状況をどう考えたかの記録としてお読みください。
いずれも書籍としては出版していませんが、2番目の「宗教と倫理の間」は、友人の日蓮正宗僧侶が住職を務めるお寺の機関誌に連載されました。その後、途中から宗門内の雑誌「妙教」に転載されました(そのまま全てが掲載されたわけではありません)。
尚、文章の著者名は、実際には実名で発表していますが、当ホームページでは、諸般の事情を考慮し、ハンドルネーム(獅子風蓮)に置き換えました。私の所属する寺院名も、ご迷惑をおかけするといけないので、今回は伏せさせていただきました。ご了承ください。

私は、平成19年に小児科のクリニックを開業しました。
順調にいっていたのですが、平成21年に進行性の胃がんになり、胃全摘手術を受けました。その時のことを翌年、地元の医師会の親睦雑誌に書いた文章があります。
それを、追加しました。(2021.1.16)

___私が教養学部2年生のときに作った手書きのパンフレットです。
組織内外の知人に配って読んでもらいました。


「よりよい創価学会をつくるために」

獅子風蓮

1.この1年間考えてきたこと

現在大学2年になろうとしているぼくは、今(昭和52年当時)はもう、(池田)会長の言うことはすべて正しく、学会の組織は絶対服従すべきだ、とは考えていない。もともと、昔から信心に対して醒めたところはあったが、それでもつい最近までは、自分なりに会長・学会を信じていたし、疑うことはなかった。それがどのようにして今のようになったか、ふりかえってみたい。
(つづきを読む)

(解説)

今、文章を打ち込むために全体を読み返してみると、本当に未熟で舌足らずな頭でっかちの文章だと思います。上から目線で偉そうなことを言い立てて、これでは賛同者が出てこなかったのも当然でしょう。でもそこは、19歳の大学生が、当時の社会の雰囲気の中で精一杯考えてまとめた文章として、お許しください。
(つづきを読む)

「宗教と倫理の間」

(1) ……平成3(1991)年11月

(2)………………平成3年12月

(3)番外1………平成4年1月
___ダニエル・メトロ(原文:翻訳の対比)

(4)番外2………平成4年2月
___ダニエル・メトロ(解説)

(5)番外3………平成4年3月
___『地湧』に書かれたウソ

(6)番外4………平成4年4月
___『社長会全記録』

(7)番外5………平成4年5月
___『脳死問題に関する一考察』に関する疑問

(8)本論3………平成4年6月

(9) 番外6………平成4年7月

(10)補遺1 ………平成4年8月
___小説「人間革命」の問題

(11)補遺2………平成4年9月
___小説「人間革命」の問題(つづき)

(12)番外7………平成4年10月
___検証、藤原軍団

(13)番外8………平成4年11月
___白山寺に取材

(14)番外9………平成4年12月
___白山寺に取材(つづき)

(15)番外10………平成5年2月
___クロウ事件

(16)番外11………平成5年3月
___クロウ事件(つづき)

(17)番外12~(22)番外17
___シュバイツァー博士

(23)番外18………平成5年10月
___独自の御本尊授与

(24)番外19~(26)番外21
___矢野氏の手記

(27)(平成6年2月)~(28)
___「広宣流布された世界」


(解説)

友人の日蓮正宗僧侶が住職を務めるお寺の機関誌に連載されました。その後、途中から宗門内の雑誌「妙教」に転載されました。
ただし、連載のすべてが雑誌「妙教」に転載されたわけではなく、宗門に多少とも都合の悪い事実が書かれた回(たとえば、白山寺に取材に行った結果など)は転載されませんでした。宗門内の雑誌なので、やむを得ないこととは思いますが、少しがっかりしました。
でも、逆にその回をそのまま掲載してくれた、友人の僧侶の勇気に感謝しています。
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進行性胃がんと免疫療法 __一例報告

〇〇クリニック 獅子風蓮

平成19年10月より〇〇市〇〇町に小児科クリニックを開業し、はや3年目になります。その間、いろいろなことがありましたが、おかげさまで順調に患者さんも増え、経営的には安定してきておりました。

しかし、最大の危機は、昨年の夏にやってきました。……
(つづきを読む)

(解説)

いやあ、このときは焦りました。
創価学会をやめ法華講にも顔を出さない不信心者の私ですが、朝晩、ご本尊に向かい、真剣な祈りをささげました。
術後10年以上たちますが、再発もなく、元気にしごとを続けています。
なにも信心の功徳だといいたいのではなく、執刀して下さった外科の先生、進歩した抗がん剤、応援してくれた家族、すべてのおかげだと思っています。
創価学会にも日蓮正宗にも、教義的な誤りを見つけることはたやすいですが、信仰の対象を与えてくれたことに、感謝しています。