マイプラクティス:
Kmスタイル
私には夢がある。
私には夢がある。正宗信徒も創価学会員も、仏教徒として嘘のない誠実な態度をブッダから学び実践する日がくるという夢が。
私には夢がある。正宗信徒も創価学会員も、お互いの信仰対象を尊重し、無益な本尊論争を棚上げする日が来るという夢が。
私には夢がある。正宗信徒も創価学会員も、それぞれの教団内で何でも自由に話し合いでできる風通しのいい組織ができる日がくるという夢が。
私には夢がある。正宗も創価学会も過去の誤りを反省し、社会に謝罪する度量を持つ日が来るという夢が。
私には夢がある。社会がその謝罪を受け止め、信徒に対するいわれなき差別感情が緩和される日が来るという夢が。
私には夢がある。正宗信徒も創価学会員も自分の信仰に対して、心から誇りを持ち、なおかつ相手の信仰について敬意を払い、交流を持てる日が来るという夢が。
私には夢がある。正宗信徒も創価学会員も、社会のあり方に関心を持ち、社会悪に対しては手を取り合う勇気を持てる日が来るという夢が。
私には夢がある。日蓮の思想が現代的に再評価され、それによって世界中の苦難にあえぐ人々が救われる日が来るという夢が。
私には夢がある。すべての仏教宗派が、ブッダの弟子であるという基盤のもとに、お互いを尊重し、交流できる日が来るという夢が。
私には夢がある。その時、正宗も創価学会も過去のわだかまりを捨てて、同じテーブルに着くことができるようになるという夢が。
私の生きているうちに、この夢の全てを叶えたい。
そのために、私は祈り、ブログを書く。
基本的な考え
私は瞑想の方法を取り入れた信仰スタイルを実践しています。
私はかってに、「Kmスタイル」と呼んでいます。
「獅子風蓮スタイル」でもいいのですが、長ったらしいので。
ブッダの教えは宗教というよりも人間の生き方を教えた倫理学・臨床心理学的なものと私は考えます。
ですから、瞑想などの技術も信仰としてではなく、日常的な実践として、信仰者であるとなしとにかかわらずとり入れて構わないと思います。
【パソコンのOSとアプリの関係になぞらえて】
ブッダの教えをOSと考え、それを共通の基盤として、各自が各自の信仰のいいとこどりして、自分なりのスタイルを(それぞれのアプリとして)確立して実践していけばいいのではないかと思うのです。
私はかつて「妙教」という雑誌に「宗教と倫理の間」という連載記事を書いていましたが、「宗教」=非合理的な信仰と「倫理」=ブッダの教えの両方を大切にしながら、生きていきたいという考えです。
この考えを普遍化すると、禅宗や浄土真宗、日蓮宗、さらには創価学会それに日蓮正宗まで、すべての仏教者が同一の基盤に立てるのではないかと思っています。
そうやってすべての仏教者が同じテーブルにつくという「私の夢」の実現に、一歩ずつ近づいでいきたいです。
【電源タップ(延長コード)にたとえて】
もう一つのイメージとしては、ブッダの教えを差し込み口の沢山ある電源タップ(延長コード)のようなものにたとえてもいいかもしれません。
そこにコンセントを差し込んで、各自思い思いの家電を自分の好みで使うのです。
電源タップを共通して使う仲間である家電同士は争う必要がありません。
電源タップの使用法を正しく守り、お互いの家電の迷惑にならないように生活に役立てていけばいいだけです。
ブッダの教えを一つの電源タップと考えると、キリストの教えは別のコンセプトによって作られた、周波数も端子の数も形も異なる電源タップかもしれません。
でも、仏教という電源タップも、キリスト教という電源タップも、目的は同じはずです。
人間の幸せと、世界の平和でしょう。
お互いに争う必要はなくなります。
そのように考えると、私の考える「倫理と宗教を車の両輪としてとらえる生活法」は、宗教の排他性をなくし、異なる宗教間の相互理解に役立つのではないかと思います。
私は妄想癖がありますから、この私のアイディアは、ノーベル賞級の価値があるのではないかと、ひそかに自負しています。
まずは、創価学会と日蓮正宗の間の相互不信を取り除き、お互いのメンバーが同じテーブルにつけるようにしたい。
その実績を示し、宗教間の歩み寄りと和解が可能なことを世界に証明したい。
そんなことを夢想しています。
日々の実践
私の勤行のしかたを、ざっと紹介してみたいと思います。
これは、まったく個人的な省略形の勤行で、まさしくKmスタイルと呼ぶべきもので、他人にお勧めするようなものではありません。
また、真面目な正宗信徒の方からはお叱りを受けるかもしれません。
私としては、信仰を大切にする一人一人が、自分にあった信仰のスタイルを確立すればいいと思っています。
私のやり方が何かの参考になればという思いから、私のクセツヨの実践スタイルを紹介します。
【朝の勤行】
最初に、ご本尊に向かい、題目三唱。
次に、声に出して、「三宝に対する三帰依文」を唱えます。
ブッダン サラナン ガッチャーミ
ダルマン サラナン ガッチャーミ
サンガン サラナン ガッチャーミ
(日本語訳)
私は、仏陀(ブッダ)に帰依します。
私は、法(ダルマ)に帰依します。
私は、僧伽(サンガ)に帰依します。
(私の解釈)
私は、ブッダの弟子として、ブッダに帰依します。
私は、ブッダの説かれた法に帰依します。
私は、ブッダの教団を守るために作られた戒律を尊重し、守ります。
一番目と二番目は、仏教徒として当然のことなので、問題はないでしょう。
私は、日蓮大聖人を本仏として信仰していますが、同時に仏教徒としてはブッダを尊敬しています。信仰の対象は日蓮大聖人。
倫理、哲学上の師匠はブッダ。
そんな感じです。
僧伽(サンガ)については、解釈が難しいかもしれません。
初期仏教でいうところの出家者による僧伽(サンガ)は現在の日本では存在しません。
それに当てはまるという概念としては、
「ブッダの教団を守るために作られた戒律を守る集団」もしくは、
「ブッダの教団を守るために作られた戒律」そのものを僧伽(サンガ)に相当するものと考えています。
「三宝に対する三帰依文」を唱えたあとに、具体的な言葉で、個人的な「誓いのことば」を心の中で唱えます。
(この「誓いのことば」は、自分の抱えている問題に倫理的に向き合うためのものですから、人により、またその人生のステージにより、さまざまに変わっていいでしょう)
欲望のコントロールができますように。
嘘をつきません。
新しい知恵を。
日々淡々と誠実に。
(初座・諸天供養)
次に東天に向い題目三唱し、方便品自我偈を読誦します。
瞑想の呼吸を意識しながら、ゆったりとしたスピードで読んでいきます。
(なお、現在の私のように正座ができなくて椅子などに座って勤行している人は、ご本尊に向かったまま初座の勤行をしてもいいでしょう)
引き題目3回、終わって題目三唱の後、
「生身妙覚自行の御利益・大梵天王・帝釈天王・大日天王・大月天王・大明星天王等惣じて法華守護の諸天善神、諸天昼夜常為法故而衛護之の御利益、法味倍増の御為に」の文を観念し題目三唱。
そして次のように諸天善神に祈願します。
諸天善神、守り給え。
ぼくと(妻の名前)とその眷属を。
(親しい人たちの名前)を。
諸天善神がずらっとならんで私と妻、その眷属、および親しい人々を守ってくれる。
その、守られているという安心感が、私は好きです。
(二座・本尊供養、三座・三師供養、四座・祈念 をまとめて)
ご本尊に向い鈴を打ち、方便品終わって鈴、寿量品自我偈を読誦します。
瞑想の呼吸を意識しながら、ゆったりとしたスピードで読んでいきます。
(休日など時間的余裕のある場合は、寿量品長行も読誦します)
引き題目3回、終わって題目三唱の後、
「南無大御本尊様、南無本因妙の教主日蓮大聖人様、南無法水瀉瓶日興上人、南無日目上人等御歴代の御正師、御威光倍増御利益廣大御報恩謝徳の御為に」の文を観念し題目三唱。
(日道上人・日行上人のことは意識的にご観念文から外しました)
次に、家族と大切な人の健康と幸せを祈り、私自身の健康と仕事がうまくいくことを祈ります。
仕事上、リスクマネジメントをしっかりしていくことを誓います。
また、具体的に交通事故にあわないよう注意しますと誓います。
題目三唱。
(五座・回向)
鈴、唱題に入る。
瞑想の呼吸を意識しながら、ゆったりとしたスピードで唱題します。
大体、1ブレスで7回題目を唱える感じです。
唱題は長ければ長いほどいいというものではないので、自分が納得できたら、そのときを終わりにします。
瞑想の中でもヴィパッサナー瞑想を意識し、五感を研ぎ澄まして唱題します。
すると仏壇に置いてある時計の秒針と分針が重なり合うかすかな音が聞こえます。
(たまたまこの時計が古くて、多少ガタがきているためなのですが)
それを合図に、唱題を終了することにしています。
題目三唱。
次に回向、(回向中鈴を打つ)
「某先祖代々並びに当宗信仰の面々・内得信仰の面々・各々先祖代々の諸精霊、追善供養證大菩提の為に、南無妙法蓮華経
(亡くなった父母・親族の回向を行う)
回向終わって題目三唱、次に
「乃至法界平等利益自他倶安同帰寂光」と観念し鈴、題目三唱にて終了。
【夜の勤行】
最初に、ご本尊に向かい、題目三唱。
次に、声に出して、「三宝に対する三帰依文」を唱えます。
ブッダン サラナン ガッチャーミ
ダルマン サラナン ガッチャーミ
サンガン サラナン ガッチャーミ
その後、個人的な「誓いのことば」を心の中で唱えます。
欲望のコントロールができますように。
嘘をつきません。
新しい知恵を。
日々淡々と誠実に。
(二座・本尊供養、三座・三師供養、四座・祈念 をまとめて)
ご本尊に向い鈴を打ち、方便品終わって鈴、寿量品自我偈を読誦します。
引き題目3回、終わって題目三唱の後、
「南無大御本尊様、南無本因妙の教主日蓮大聖人様、南無法水瀉瓶日興上人、南無日目上人等御歴代の御正師、御威光倍増御利益廣大御報恩謝徳の御為に」の文を観念し題目三唱。
次に、家族と大切な人の健康と幸せを祈り、私自身の健康と仕事がうまくいくことを祈ります。
あわせて交通事故にあわないよう注意しますと誓います。
題目三唱。
(五座・回向)
鈴、唱題に入る。
瞑想の呼吸を意識しながら、ゆったりとしたスピードで唱題します。
唱題は長ければいいというものではないので、自分が納得できたら、そのときに唱題を終了することにしています。
題目三唱。
次に回向、(回向中鈴を打つ)
「某先祖代々並びに当宗信仰の面々・内得信仰の面々・各々先祖代々の諸精霊、追善供養證大菩提の為に、南無妙法蓮華経
(亡くなった父母・親族の回向を行う)
回向終わって題目三唱、次に
「乃至法界平等利益自他倶安同帰寂光」と観念し鈴、題目三唱にて終了。
(参考:日蓮正宗勤行要典)
その後、自己流の「手動瞑想」を行います。
(参考:熊野宏昭『実践! マインドフルネス』p95)
( 2 0 2 2 . 1 0 . 0 1 記 )