「よりよい創価学会をつくるために」の解説
今、文章を打ち込むために全体を読み返してみると、本当に未熟で舌足らずな頭でっかちの文章だと思います。上から目線で偉そうなことを言い立てて、これでは賛同者が出てこなかったのも当然でしょう。でもそこは、19歳の大学生が、当時の社会の雰囲気の中で精一杯考えてまとめた文章として、お許しください。
今読み返して一番恥ずかしいのは、「④社会のためになる活動を」の項目です。
もっと、創価学会の信仰や組織の在り方にテーマを絞って論じればよかったのですが、当時の大学生の置かれた左翼的雰囲気に影響されたのでしょうか、学生部の生ぬるい「反戦反核運動」を客寄せの看板にすぎないと批判し、もっと重要で緊急の提案として、韓国の民主化運動へ連帯できないかなどといきまいていました。
当時は朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の独裁政権で、韓国内でビラまきなどしようものなら身柄を拘束されるような時代でした。そういう時代状況が分からないと、今読んでも、何を書いているのか分からない文章だと思います。
いっそこの項目と、最後の3点の提案を省略した方がいいかとも思ったのですが、自分の青臭さを反省する意味で、あえて全文を載せました。
その他にも、現在では私自身の考え方あるいは創価学会の在り方がだいぶ異なってきた部分も少なくないので、ひとつずつ検討します。
1)「自分の信ずるもののため他を犠牲にすることは許されるか」について
これは、このパンプレットの最も大きなテーマだと思う。
かつての創価学会は、自分の信ずるもののためなら、社会がどう思おうと構わずに突き進んできた。「念仏無間、真言亡国……」という日蓮の「四箇格言(しかかくげん)」を持ち出しての高圧的な折伏や言論出版妨害問題など、社会から大きな批判を受けた。
現在では、折伏のやり方もだいぶ穏やかになったようだが、学会批判者、退転者に対する容赦のない攻撃をみると、あまり本質は変わってないのかなと思う。
その一方で、荒っぽい折伏は顕正会に受け継がれていて、現在も社会的な軋轢を生み出している。そのことについて、創価学会にも責任の一端はあるのではないか。
2)創価学会・公明党のもつ「批判拒否体質」について
創価学会も公明党も、だいぶ丸くなって、あまり社会的批判を浴びることは少なくなったようだが、本質的なところではあまりオープンな議論を許さない風潮が残っているのではないか。
創価学会は宗門を離脱後、会則を変更して、戒壇の大御本尊に対するスタンスも変えつつある。一般会員からすると、自分の知らないところで、信仰的に重要なことがコロコロと変わると感じられるのではないか。
信仰に関することは、すべて民主的にやれるとは思わないが、責任あるリーダーがしっかり説明をして、会員の納得を得る必要があると思う。
3)さまざまな問題点
会計や新聞について問題点を指摘したが、あまり改善はされていないようだ。
私がやめてからのことだと思うが、創価学会では聖教新聞の啓もうにポイント制があるという。まるでブラック企業のノルマのようで、笑ってしまう。信仰を内面的にではなく、表にあらわれたポイントで評価するというのは、いかがなものか。
4)戒壇の大御本尊の真偽について
このパンプレットを作った時点(昭和52年)でも、戒壇の大御本尊に対する真偽の疑いはすでに出ていた。
最近では創価学会側にも、元創価大学教授の宮田さんや元副教学部長の須田さんのように「戒壇の大御本尊は偽物である」という主張がまかり通っている。
以前、このパンフレットで筆跡鑑定でもなんでもやって堂々と白黒つけるべきだと主張していた私としては、時代の大きな移り変わりを感じる。
でも、いまさらそんなことを言われても、戒壇の大御本尊こそ信仰の大きな中心と長く考えてきた学会員の気持ちはどうなるのだろう。
おそらく、かなり早い時期から、創価学会上層部は、この結論(戒壇の大御本尊は偽物)に至っていたのかもしれない。だとしたら、それを知ったうえで、長い間、学会員をだましていたことにはならないだろうか。
須田さんは、日寛教学からこの本門の戒壇論だけを除いた教学を認めていこうという。
宮田さんは、さらに日蓮本仏論まで否定していこうとする。須田さんはそれに待ったをかけている。創価学会としては、どういう方向に会員を誘導していこうとしているのだろう。
私は、歴史上の宗教者としての日蓮をその限界を含めて尊敬し愛する。
そして、信仰上の救済者として、日蓮大聖人を信仰する。日蓮正宗の信徒として。
別に、戒壇の大御本尊が本物でも偽物でも構わない。
(あくまで個人の意見です。宗門の公式見解では、戒壇の大御本尊はあくまで本物です。当然ですね)
それでも戒壇の大御本尊の真偽にこだわる方には、次の言葉を返そう。
そもそも、日蓮が採用した天台大師智顗の「五時八教」は、歴史的・仏教学的には誤りではなかったか?
そもそも、法華経はブッダの直説ではないではないか?
宗教としては法華経も、日蓮仏法も、体系的に整えられ、思想的にも優れ、多くの民衆の救済に貢献しているのだから、その土台にフィクションが含まれるといっても、すべてを否定することなどできない。
学問レベルでは、どんなことを論じてもいいのだが、一人でもその宗教に救われる人がいる以上、社会的な害毒を流しているということさえなければ、その信仰をとやかくいうべきではないと思う。
信仰レベルでは、大石寺の整然とした日寛教学でいいじゃないか。
そもそも、「教学」というのは、その信仰をささえるための「教え」を体系化したもので、学問的な宗教学とは別物だろう。
大学生のころの合理的(即物的)な考えからは、だいぶ私も考えが変わってきたが、今ではそう思う。
日蓮もある時期までは釈迦本仏をいろいろな著作で主張していたが、佐渡流罪を経た頃より「われこそ日本の柱である」という自信と覚悟を深めて、自分と自分の発明した曼陀羅本尊を中心に据えていくようになったのだろう。
私は、ある時期までは、世間の風潮に影響されて、釈迦本仏が正しいのではないかと思っていたが、信仰者としては毎日、正宗の御本尊を拝んでいるわけで、日蓮本仏でいいと思うようになった。
獅子風蓮
2019年10月2日
解説(つづき)
5)「四箇の格言」について
私が大学生のときにつまづいたように、「四箇の格言」を前面に出した折伏は、現代にはそぐわないと考える。
平成3年に創価学会の醜い宗門攻撃に嫌気がさして、創価学会を脱会して法華講に籍を置くことになった私だが、法華講の会合に出席すると以前の創価学会よりもさらに体質が古めかしいことに気づいた。
そもそも池田先生の打ち出した方針(「四箇の格言」の見直しなど)の方が、私には正しいような気がする。学会の会合でベートーヴェンの第九を歌うのが謗法にあたるという宗門の主張には無理があった。
そんなことを言うなら脱会などせず、創価学会にとどまって学会の変化を待てば良かったのではないかと言われそうだが、池田先生と創価学会のやり方は、目的のために手段をえらばずというか、「ウソも百篇言えばホントになる」というか、耐えられないほどひどいものだった。細かくは「宗教と倫理の間」で言及しているのでここでは省くが、創価学会と宗門を比較したとき、宗門より学会の方にウソが多いと思った。創価学会に身を置いておくことがとても恥ずかしく感じられた。
それはともかくとして、池田先生は、教学をどういう方向にもっていこうと考えていたのであろうか。
平成14年8月12日付けの 朝日新聞夕刊に、池田氏が日蓮大聖人の「四箇の格言」を否定したという記事が出たという。それによると、
【創価学会の機関誌「大白蓮華」は三月号で、池田大作名誉会長と斎藤克司教学部長の対談を掲載し、「四箇格言」読み直しを提唱している。
「四箇格言」とは日蓮が他宗を「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊」と批判した四句を言う。それぞれ順に、浄土宗、禅宗、真言宗、律宗を指しており、名指しされた側は、日蓮の排他性を示すものとして反発してきた。
二年前に発刊された創価学会編『宗教哲学大辞典』は念仏信仰について、「来世に極楽浄土に生まれることを目指し、娑婆世界を穢土として嫌った」とし、法華経を誹謗したことを理由に「無間地獄に堕ちる」と述べていた。
今回の対談では、各宗の態度が日蓮の時代と違うことを強調する。池田氏は「当時の念仏宗は権力と結託し、独善的で排他的だった」としながらも、
①浄土教を「どんな疲れ病む衆生をも仏界の生命力で包み、絶対の安心感を与える」とする。
②「自力のみによる悟りの獲得と安住を説く」という「天魔」の禅は「自分の中に自分を変革する力のあることを信じ、それを実感していける」とした。
③「呪術による現世利益を説く護国宗教」の「亡国真言」も「現実の変革に勇気をもって邁進していける」存在となった。
日蓮が激しく他宗派を非難した背景には、新興宗教団を当時の有力教団が迫害した歴史的背景もある。斎藤氏は経緯をこう説明した。
「創価学会にも、似たような事情から他宗派を反撃した過去がある。しかし、今後は攻撃されないかぎりは協調していきたい。そのために組織内の意識改革を狙った試論です。時代の変化を無視して今の世に『四箇格言』をそのままにしておくことは、かえってこちらが独善的と批判されかねませんから」
いまのところ、伝統教団の反応は冷ややかだ。「政治的ポーズだろう。排他的体質は変わっていない」との声が強い。】( http://www.butujoji.jp/houwa/houwa1409.htmより引用)
宗門は、この創価学会の方向転換を批判するが、私は評価したい。
ちなみに、記事の中に出てくる斎藤克司氏は平成3年11月に教学部長に就任し、「宗門独立」後の教学の改変を主導する立場にあったわけだが、何をどのような方向に持っていこうとしたのだろうか。
その流れが、今の創価学会の指導部の目指す流れに通じるのだろうか。
斎藤克司氏は、東大の法華経研究会の先輩にあたり、私と面識がある。だから、私が大学生のときに配ったパンフレットの内容も知っていたと思われる。
私のように「四箇の格言」につまづく学会員の不満を解消するため、時代にそぐわない教学の見直しを進めていこうとしたのかもしれない。
熱心な創価学会員だった私の母がまだ生きているころ、実家に帰ると、こんなことを言っていた。
「学会に反逆した○○(私の名前)のことが心配で学会本部まで指導を受けに行った。そうしたら、斎藤克司教学部長が相手をしてくれて、○○は心配ないと言っていた」と。
そのときは、あまり気にも留めていなかったが、もしかしたら、学生時代の私の不満が、(もちろんその他にも同じような不満を持つ会員がたくさんいたのだろう)創価学会の教学の見直しにつながっていたのかもしれない。
残念ながら斎藤克司氏は平成25年2月に64歳という若さで亡くなったという。
ご存命なら、お話を伺いたかった。
__あなたは、創価学会をどういう姿にしたかったのですか?
__アンチブログに大量に書き込まれているような創価学会員の抱える悩みにどう答えていくのですか?
__敵対者に対する、創価学会の攻撃のしかたをどう考えるのですか?
かつて創価学会と池田先生は、古臭い日蓮教学から脱却するために努力したのかもしれないが、その手段が悪かった。そして、池田先生の健康がすぐれず、斎藤克司氏のような有力なブレーンがいなくなった現在は、教学面での見直しを誰も責任を持って、ひっぱっていけないのではないか。
宗門と時間をかけて教学面での見直しを話し合うのではなく、けんか別れをふっかけて、相手を貶めるような攻撃をしかけ、そのことによって会員の離反を防ぐというような方法をとったのが、そもそもの間違いだったと私は思う。
日蓮教学の見直しという池田先生と斎藤克司氏の志を受け継ぐのは、いったい誰なのだろう。
もし、そんな人が現在の創価学会にいるなら、話をしてみたい。
PS. 池田大作名誉会長と斎藤克司教学部長の対談が掲載されているという「大白蓮華」平成14年3月号を読んでみたい。
どなたかお持ちの方はコピーを送っていただけないでしょうか。
「質問のページ」まで連絡をいただけると幸いです。
獅子風蓮
2019年11月11日
6)折伏について
私は、自分の信仰に確信を持っていないのに他人に信仰を押し付けることは、相手に対して非常に無責任だと考えますので、一人も折伏をしていません。今ではそれが自分の誇りです。
逆に、かつて熱心な会員で何人も折伏してきた人で、創価学会に疑問を持ち、現在は脱会したような人は、かつて自分がしてきたことの責任の重さを今になって感じ、ショックを受けることも多いようです。
前項で、アンチブログのことに少し言及しましたが、リンクにあげた「創価学会とは-対話を求めて-静かに創価学会を去るために」などを見ますと、そういう懺悔の言葉がよく見られます。熱心な創価学会員が覚醒して創価学会の誤りに気づくと、自分が被害者であるとともに加害者であったことに愕然とするのです。場合によっては、鬱状態に至る人もいます。
ネット上には、汚い言葉のやり取りで意見の異なる相手を罵倒するような、創価学会サイドのブログやアンチブログがあふれていて、私もそういうのは近づきたくないと思うのですが、現実に創価学会の誤りに気付いて、その悩みや葛藤を正直に書き込んだブログもあります。
リンクにあげたブログはその中の代表といえるでしょう。
アンチブログというだけで、汚らわしいと思い、覗くのを拒否される学会員も少なくないでしょうが、ここにあげたブログは是非、訪問してみて下さい。
ただ、「創価学会とは-対話を求めて-静かに創価学会を去るために」 の方は、文章の量が膨大で、全てを読み切ることはなかなか難しいです。
私は、最初の文章から、コメントを含めて読んでいますが、まだまだ途中です。
初期のころ(2013年)のブログを読むと、ブログ管理人のシニフィエさんが、懺悔の気持ちを込めて、過去に恋人(非創価学会員)と結婚する際に双方の両親から反対にあい、恋人を傷つけた結果、付き合いをやめたという話を、ためらいながら書いています。
もう何十年も前のことで、どういう経緯で別れたのか、シニフィエさん の記憶からは消えていたそうです。それが最近、別れた彼女から連絡があり、当時の創価学会に洗脳されていた自分の言動を思い出し、激しく後悔し、鬱になったということまで、正直に書いています。読んでいるとこちらまで切なくなって、涙が出そうです。
忙しい方は、ここだけでも是非、読んでみてください。(私が鬱になったわけ[4])
7)池田先生のご病状について
私自身は聖教新聞も読まないし創価学会の会合にも出ないのでよく知らないのですが、ネットのうわさでは、池田先生は認知症が進み人前に出せない状態だということです。
実際に9年以上も会員の前に姿を見せないのではそう言われてもやむを得ないところがあります。
認知症の原因は脳梗塞でしょうか。ネットでは、脳腫瘍だとも言われています。
経過が長いので、まさか脳腫瘍というわけではないとおもうのですが。
前述のブログでも、こんな言われ方をしています。
【いまだに平気で「先生はお元気です」という原田会長も不気味なら、それを言われるがままに信じている学会員ももっと不気味です。創価学会は不気味な新興宗教団体ですね。】
創価学会では、これまでも池田先生の著作はゴーストライターが書いていることが公然の秘密だったので、そのやり方で、今も池田先生の書いたものとして文章が聖教新聞に載るのでしょう。不正直なやり方を続けてきたために、いまさらあとに引けなくなったということでしょうか。
現在の状態は、池田先生自身のため、また先生のご家族のため、さらに池田先生をしたう会員のために、放っておいてよいものでしょうか。
池田先生は、ある時期までは創価学会の古い体質を改革する理想を持った改革者だったと私は思うのです。
その大きな方針のもと、周囲にブレーンを集め、さまざまな進歩的な行動をとってきたのではないでしょうか。
国交樹立前の中国との交流、ソ連のゴルバチョフ大統領との会談、「学会活動は常識豊かに」という指導……などなど。
元外交官の佐藤優氏が池田先生を評価しているのも、理解できます。
戦前に美濃部達吉が唱えた「天皇機関説」のように、「池田機関説」のような感じで、周りのブレーンがそれぞれ、自分の考えを池田先生の名前で表明し、前進していく感じでしょうか。
池田先生の頭脳が明晰で判断力が保たれている間は、それでうまく回っていたのでしょう。
でも、ある時期から池田先生の言動がおかしくなってきた。
本幹の衛星中継をネットの動画で視聴できる時代ですから(たとえば1993年にロサンゼルスで行われたアメリカSGIと関西創価学会の合同総会)、私のような立場の人間でも何となく変だと感じます。先生の中に、人格の変化が認められるような気がします。
あるタイプの認知症では、人格が変わることがあります。
脳腫瘍でも、前頭葉に腫瘍ができた場合は人格が変わります。
けっして、私は池田先生を貶めようとしてこんなことを言うのではありません。
でも、病気の症状として考えると、いろいろなことの合点がいくのです。
かつて、大学生のときに作ったこのパンプレットで、次のように書きました。
【池田会長も人間なのだから、まちがいを犯すことも年をとってボケることも、全くないとは言えないと思う。だから何らかのdemocratic control (民主的チェック・歯止め機関)をほどこすべきだと思う】
大学生のときに可能性として考えた、あまりにも罰当たりな予想が、40年を経ていま現実になったということでしょうか。
もしかしたら、平成3年ころの宗門攻撃の時の常軌を逸したふるまいは、単に近親憎悪的な「宗門憎し」の感情だけではなく、その感情をコントロールできずに暴走するという病気による症状も加わっていたのかもしれません。
周囲にいる幹部は、先生の怒りを恐れて、誰も先生の暴走を抑えることができなかったのではないでしょうか。もしそうなら、側近幹部の責任は重いと言えます。
あるいは、今現在、明確な意思を表明することができなくなった池田先生を病室に閉じ込めて、いろいろな思惑を持った最高幹部が、権力闘争を繰り広げているのかもしれない。
池田先生の権威と名前を借りて、自分に都合のいい方向に学会をひっぱっていこうとしているのではないか。現場の会員のことなど考えずに。
あくまで想像ですが、そんなことを考えてしまいます。
もし可能なら、池田先生の病状を明らかにし、いつころから人格変化が症状として起こり、言動の暴走が始まったかを明らかにしてほしいと思います。
それが、池田先生に安らかに引退し治療に専念していただくことになると思うからです。また、池田先生の言動が病状によるものと認められれば、先生の名誉を守ることにもつながるでしょう。
そして、学会側に、もし宗門との和解を望む気持ちが少しでもあるのなら、当時の宗門攻撃の非を詫びて、お互い歩み寄る必要があるのではないでしょうか。
それが、創価学会と宗門との和解の、最後のチャンスだと思うのです。
たいへん難しいとは思いますが。
最後になりましたが、池田先生のご健康をお祈りいたします。
獅子風蓮
2019.11.13
追記:
創価学会の会合に出席することもなく聖教新聞も読まない私には、組織内部の雰囲気がまったく分からないのですが、前述のブログには、学会に疑問を持った創価学会員がコメントを寄せることも多く、貴重な情報が得られます。
どうも最近では、宗門や日顕上人猊下に対する「罵倒座談会」のようなものはなくったらしいですね。
前述のブログ「創価学会とは-対話を求めて-静かに創価学会を去るために」の中の、
「池田大作創価学会名誉会長およびSGI会長の責任について」(2014年5月18日)という管理人さんからのテーマについて、call という方がこういうコメントを寄せています。
(その前に、「罵倒座談会も今はおとなしいですよね。これも会員のクレームの嵐があったからです」という創価学会寄りのコメントがあったのですが、それに対して)
【わたしはそうは思いません。会員のクレームは連載当初から相当長く続いていたと思いますが、あの連載が終わることはありませんでした。
本当のきっかけは罵倒座談会をやらせていた池田先生が病気で実権を失ったから終わったのでしょう。大幹部も自分の名前を使われて迷惑だったのでしょうね。手帳事件で裁判を争っていた矢野氏との急な和解も先生の実権の喪失が原因だと思います。
池田先生が出られなくなってから穏健化したのです。
池田先生は悪くない、幹部が悪いのではなく、実は池田先生が一番悪かったという理解が成り立ちますね】
平成3年ころからの狂ったような宗門攻撃の原動力はやっぱり池田先生だったのですね。
その池田先生の怒りの暴走を、側近幹部は止められなかった。
池田先生の病状が進んで、明確な意思表示ができなくなったために、宗門攻撃も矢野氏との裁判も終息に向かったわけだったんですね。
側近幹部は、誰も、あそこまでの醜い攻撃をしたくはなかった、ということがこれで分かります。
もし、私の推測が正しいのなら、一日でも早く、側近幹部は、池田先生の病状を明らかにして、病気の症状のために暴走したのを止められなかった責任を、きちんととってください。
宗門のみならず、不安を与え、誤った方向に導いてしまった創価学会員全員にむけて謝罪してください。
獅子風蓮
2019.11.15