宗教と倫理の間(24)番外19

○○寺支部 獅子風蓮

前回は、平成5年10月号の「文芸春秋」に掲載された矢野前公明党委員長の手記「政界仕掛人極秘メモ全公開」について書いたところで終わりました。

政界を引退した今だからこそ書けるのでしょうが、「政教一致」という批判に対して、「確かに状況をみると、そう言われても致し方ない面はある」と言ったり、竹入元委員長と二人きりの席で、「秋谷会長も『もの』か」と自嘲気味な会話があったことを紹介しました。

これは、今までの創価学会・公明党の幹部にはない(現在のところ矢野氏は創価学会・公明党を除籍されてはいないようですが、今後はどうなるでしょうか)率直さであり、私は強い感銘を受けました。

歯に衣着せぬ率直さは矢野氏の生来のキャラクターであったと思います。池田氏を揶揄して「殿、御乱心」とちゃかしたというようなエピソードもあるように、書記長の時代から矢野氏は池田氏を醒めた目で見ていたところがあるようです。

それはともかく、私は「文芸春秋」のこの手記が各方面に及ぼす影響は少なくないと思っていましたが、実際平成5年10月9日の朝日新聞朝刊には、「自民党の下稲葉耕吉氏は8日の参院予算委員会で、公明党とその支持母体である創価学会との政教分離の実態をただすため、創価学会の池田大作名誉会長と公明党矢野絢也前委員長の証人喚問を要求した」という記事が載っていました。

これは矢野氏が「文芸春秋」10月号に寄せた手記にもとづいた追及でした。

矢野氏の書き方は、単なる「暴露記事」のそれではなく、池田大作名誉会長に対する「怨念」から書かれたものでもなく、本人も言っているように「出来る限り主観を排し、事実をメモに語らせ」る形をとっています。

池田氏に関する記述には、十分な敬意と感謝が込められています。

たとえば、学会の副会長から芦屋の名誉会長宅(高級住宅街の芦屋に池田氏の自宅があったのでしょうか?)へあいさつに行くよう指示された矢野氏が、一緒に勤行をして「病気全快を祈ってくれた池田大作名誉会長に「心から感謝」したというエピソードなどが紹介されています。

矢野氏は、池田氏のことを醒めた目で見ていた部分は確かにあったことと思いますが、同時に池田氏に「守って」もらってきたと考え、池田氏に感謝する気持ちが強かったことも事実ではないでしょうか。

そのような文章の流れのなかで、「政教一致」や、必ずしもさわやかでない党内の実態が公にされるわけですから、その言葉には真実の重みが感じられます。

今後、創価学会中枢から矢野氏への圧力が強まっていくことが予想されますが、矢野氏には、圧力に屈せず、真実を語り続けていってほしいものです。

「文芸春秋」10月号には、この他にもいろいろ興味深いエピソードが書かれています。

 

竹入 「………(田中角栄氏がオフレコで『創価学会や公明党は何でも角栄の言うことを聞く』と発言したことに関して)角栄発言だが、おれも辛抱している。言論問題のこともある。日中国交回復もある。富士宮でも世話になった。が、ちょっと発言の度が過ぎる」

………(中略)………

矢野「………(二階堂擁立工作に関連して)二階堂には、富士宮市の百条委員会でも世話になった。名誉会長を市議会に召喚するってんですから。彼が大昭和の斎藤の赤坂の自宅までいったんだ。市議会には、斎藤さんの息のかかった人が多いもんで。まあ、あっちこっちに頭下げましたわ」

竹入 「おれは角栄を通して竹下や金丸にもな。俺が角栄発言に黙っているのもそのためだった。だが、もういい。やる」

その後の本文でも、矢野氏は、公明党が「言論問題」で田中角栄氏に世話になったことをリアルに記しています。

………昭和44年から46年にかけて藤原弘達氏が創価学会批判を繰り返した時には、私と竹入氏とで田中氏に調停を頼みにいった。田中氏は「よっしゃ」と快く引き受け、赤坂の料亭に藤原氏を呼び、仲介の労をとった。結果は破談だった。我々は隣室に控えて待っていたのである。

その後も社会党の赤松勇氏、畑和氏、民社党の春日一幸氏、塚本三郎氏が学会追及した時にも、当時の佐藤内閣は、「これは当事者が政教分離といっているのだから分離である」と私どもに有利な答弁をしている。当時の幹事長が田中氏だった。

……… (中略) ………

また、「富士宮百条問題」とは、昭和52年に富士宮市議会の百条委員会で池田大作会長(当時)が証人喚問されそうになった。壮烈な攻防があったが、二階堂氏らが協力して抑えてくれた事件だった。

 

原稿を書いている途中で、「文芸春秋」11月号が発売になりました。

さっそく買い求め、矢野氏の手記の第二弾「田中角栄との密約」を読みました。

「創共協定」の時の、竹入氏と矢野氏の対応に関する思い出話や、夫人の病気のために委員長を竹入氏が辞めたがっている話。自民党の安倍氏に「非核三原則」で譲歩をせまられたり、「宗教法人課税」をちらつかせて脅かされたり、いろいろ興味深いエピソードが紹介されていました。

そんな中で、「政教分離」したはずの池田名誉会長が公明党委員長の人事に口出しした動かぬ証拠が認められました。

 

(昭和59年)11月17日、竹入夫人に名誉会長の配慮で病気全快を祈り御秘符を頂く。のち、春秋クラブ(学会施設)で竹入、矢野、多田、石田、長田、田代、山崎尚見副会長ら、名誉会長のご招待を受ける。

名誉会長 「竹入君、声を聞いたら党も学会もな、やっぱり君だよ。皆の声だ、もうしばらくやったらどうだ。風も吹くし雨もある。頑張れ。秋谷も良いところがある。だがまだあと一歩だ。しばらく療養専一だな。この碁盤を矢野にやる。戦いの記念だ。党の事務連絡のパイプは、今後は矢野と山崎尚見でやれ。………」

………(中略)………

竹入 (帰り際に)「うーも、すーも言えなかったな」

矢野 「皆の声だって名誉会長も言っておられた。だから、言ったでしょう。奥さんの病気も治りますよ」

竹入 「うん。だが重いんだよ」

 

矢野氏にここまで書かれては、これまでのように「政教分離は守られている」などとは、言えなくなるでしょうね。創価学会・公明党の幹部の皆さん。

 (つづく)

 

宗教と倫理の間(25)番外20

○○寺支部 獅子風蓮

前2回で、平成5年10月号と11月号の「文芸春秋」に掲載された矢野前公明党委員長の手記「政界仕掛人極秘メモ全公開」について書いてきました。

政界を引退した今だからこそ書けるのでしょうが、「政教一致」という批判に対して、「確かに状況をみると、そう言われても致し方ない面はある」と語ったり、これまでの創価学会・公明党の幹部にはない率直さを私は感じました。

私が予想したように「文芸春秋」のこの手記は各方面に大きな反響を呼びました。自民党の下稲葉耕吉氏が創価学会の池田大作名誉会長と公明党矢野絢也前委員長の証人喚問を要求したのを初めとし、「日刊ゲンダイ」(9月25日付)「週刊現代」(10月9日付)などが、この問題をとりあげました。自民党の実力者、渡辺美智雄氏までが公然と、創価学会の「政教一致」を批判しています。

これらのほとんどは矢野氏の「文芸春秋」に寄せた手記にもとづいた追及でした。

これに対する創価学会側からの反応としては、「週刊朝日」(11月12日号)に秋谷創価学会会長の反論「創価学会バッシング受けてたつ」が掲載されました。その中で、かつての盟友であったはずの秋谷氏から、矢野氏は「何を考えているのか」と批判されています。

創価学会からの圧力があったためかどうかは分かりませんが、「文芸春秋」の矢野氏の手記は、12月号をもって連載が中断されることになりました。

矢野氏の表現によれば「都合によりひとまず、この連載を小休止させていただきます」とのことです。

しかしこの手記の副題が「『小沢-市川』鉄の絆はいかに作られたか」となっているにもかかわらず、小沢-市川ラインの形成という核心部分に入らないうちに連載を中断するのは、いかにも不自然な印象を与えます。

それはともかくとしまして、「文芸春秋」11月号には、矢野氏と学会本部との関係を象徴する、こんな話も書かれていました。

 

(昭和60年)1月9日、(創価学会)山崎尚見副会長と懇談。

山崎 「会長(秋谷氏)も病気ですから、私がその分、至りませんが一生懸命やります」

矢野 「有難うございます。よろしくお願いします。至らぬ私だが、いろいろ仕事をさせていただいて光栄です。今までは秋谷会長によく相談にのってもらいました。だが、余りほかの方とはお付き合いありません」

山崎 「それが矢野さんの誤解されるところだ。東京の誰ともつきあわない。偉いとも言えるし、怖いとも言える。なに考えているかわからんと言われる」

矢野 「しかし、名誉会長からも固く秋谷だけにホントの話をせよと言われている。東京で守ってくれるのは名誉会長だけだ。まさか世渡り上手に八方美人ってわけにはいかん。副会長の方々からは、あいつは愛想が悪いとか、本音を言わんとか言われ、悩んでもいます」

………(中略)………

山崎 「ついでだから言いますと、矢野さんは、『学会の人』だが、『東京の本部の人』になっていない。本部も大変なんですよ。矢野さんから見れば私はイエスマンだ。だが、名誉会長を中心に信心でいきます。手足になればいいんだ。そして団結ですよ」

矢野 「それは私も同感です。こちらもついでに申し上げると、皆さんは地方や現場の苦労が本当に分かっていない。まして地方議員の辛さが分かっていない、という気もするんです。そうは言っても私も自分も増上慢かなと反省もしますけど」

 

矢野氏と創価学会本部の幹部たちとの人間関係が理解できます。

それにしても、創価学会の副会長ともあろう人が、恥ずかしげもなく「私はイエスマンだ」というのですから、理解に苦しみます。

創価学会・公明党の「政教一致」問題について、いま国民の多くは不安な気持ちでいると思うのですが、新生党の小沢一郎氏は「サンデー毎日」(11月14日号)でこのように語っています。

 

政教一致の問題でいえば、創価学会が、公明党の支援団体として存在する分には別にいっこうにかまいません。

………(中略) ………

公明党の場合も、もしも、ほかの国益と照らし合わせて、創価学会の利益をあらゆる国政上の利害よりも優先すると、プライオリティーが第一順位だとなったら、それは政教一致になっちゃう。

 

小沢氏がいうように、公明党は政権与党である以上、これらの疑問に、具体的にきちんと答えていくべきだと思うのです。

「週刊朝日」の秋谷会長のインタビューや、「中央公論」(11月号)の市川書記長の発言などをみるかぎり、「政教分離は果たされている」というたてまえしか聞かれませんが、一般の国民がそんな言葉で納得するはずがありません。

さて今月の「文芸春秋」(12月号)には、創価学会との関係を暴露するようなおもしろい話はあまり書かれていませんでした。

しかし、公明党の幹部が創価学会の幹部と密接に連絡を取り合ってきたことが良く分かるエピソードが紹介されてます。

政党とその支持団体の幹部の間で、情報交換したり相談を行うこと自体は問題にすべきことがらではないのかもしれません。

しかし、次のような「相談」はいかがなものでしようか。

 

(昭和60年)2月9日、原田副会長から電話。「富士宮公社から書簡、内容は‥‥‥」

矢野、その内容なら問題なし。

秋谷会長より電話。

秋谷 「例の件は当分書簡だけのやりとりにしておきたい」

矢野 「賛成です」

黒柳より電話。例のアメリカと学会のコンタクトの件。「今夜、矢野が山崎副会長と会うと聞いたので電話した。テレビ局の線と国務省の線とある。が、さらに進めていいかどうか判断をしてほしい。6月ごろをメドに考えている」

矢野 「こちらの体面を傷つけるやり方は駄目だ。相談はしてみる」

山崎副会長より電話。

山崎 「黒柳報告をどう見るか」

矢野 「まだ具体性なし」

山崎 「私個人としてはまとめたい」

矢野 「わかっている」

種々、諸情勢を分析。

伏木中執より、「富士宮市公社の墓園の値段が適正かどうか、うちの市議団が迷っている。もし安すぎるとヤバイ。あとで問題にならないよう注意してくれ」

矢野 「もっともだ。注意する」

 

このエピソードから二つのことが明らかになります。

ひとつは、具体的な内容は明らかではありませんが、創価学会とアメリカとの交渉の仲介に公明党の黒柳議員があたっており、公明党の中枢もその相談に応じていること。

もう一つは、創価学会の造る(墓苑に関係する)(富士宮市公社の)墓園の値段の決定に公明党の市議団が関わっており、矢野氏のもとにも相談がくることです。
(富士宮市公社の墓園を創価学会が購入し、整備し、その後創価学会が会員に販売したということでしょうか? あまりくわしく書かれていないので、正確なところは不明です)

これは、「サンデー毎日」で小沢氏が心配しているような「創価学会の利益を優先する」ということに十分該当しているのではないでしようか。

小沢氏のいや全国民の疑問に答えるためにも、創価学会・公明党の幹部は、事実を明らかにする義務があると思います。

さもないと、何年か先には、公明党は新生党からも見捨てられ、気がついたら保守二大政党制という「小沢戦略」に利用されただけということにもなりかねませんよ。

矢野さんも、創価学会の圧力に屈せず、詳細なレポートを私たちの前に送り続けてください。

(つづく)

 

宗教と倫理の間(26)番外21

○○寺支部 獅子風蓮

□□寺のU御尊師のお勧めで、脱会に至るまでの「手記」を書かせていただきまして、今回で通算第26回になります。

その間、本論を外れることしぱしばで、現在は「番外」という変則的な形式で、連載を続けさせていただいております。

というのも、創価学会がさまざまなスキャンダルを捏造したり、「本尊偽造」などという問題を引き起こすものですから、私の原稿も、あっちへ飛んだりこっちへ行ったりして、とりとめのないものになってしまったわけです。

書く側の私にも責任はあります。時に、前後のつながりを無視して好き勝手なことを書かせていただいた結果、このような統一のとれない形の連載になってしまいました。

そこで、このへんで、「番外」の呼び方をそろそろ止め、通算の番号で統一したいと思います。御了承下さい。

さて、矢野氏の手記をきっかけとして、自民党を中心とする反学会勢力から、創価学会と公明党の関係に対する疑惑を指摘する声が大きく聞かれるようになりました。

平成5年12月9日の朝日新聞社説には「創価学会にただしたいこと」と題して、次のような記事が載っていました。

 

……私たちはなお、反学会勢力の懸念には相当の理由があると思う。公明党と学会の関係が、民主政治に不可欠な透明性を損なってはいないかと危ぶむからだ。公明党と学会の間で、どのような意見調整が行われているか、が見えてこない。だからこそ、公明党が学会の利益のために政権を利用するのではないか、という思いをぬぐいきれない。

昭和40年代、学会は「言論・出版妨害事件」を契機に「政教分離」を宣言した。内容は政党と教団の組織、人事、経理を分離させることだった。しかし、その後も両者は一体的な選挙活動を続けている。それ自体に憲法上の問題はないにしても、次の段階で様相は一変しないか。学会に明確な、再度の「宣言」を望みたい。

学会に限らず、教団には共通する特性がある。信者、会員がカリスマ的指導者、本部、教義に対し、絶対的、全人格的に傾倒する場合が多い。従って行動の選択肢は、いつも善か悪かだ。ところが政治の分野における判断は相対的で、行動指針は現実との妥協である。そして多くの場合、その選択肢は、大なる悪か小なる悪かだ。

どれほど宗教者の理想が崇高であっても、政党と教団の情操、行動が同質になったとき、両者は正常な道筋を見失うだろう。学会はもとより、広く宗教界は今、宗教、教団、教義と政治、政党、政策とのかかわり方について、外部にも説得力をもつ基準を示すべきではないか。

 

少々長い引用となりましたが、「天下の朝日新聞」がその「社説」で、今日の創価学会と公明党の問題点を的確に指摘した、重要な文章と思われましたので、紹介させていただきました。

「公平」を旨とする一般紙の社説ですからかなり抑えた表現になっていますが、週刊誌などには、もう少し踏み込んだ主張が認められます。

たとえば、「週刊新潮」 (平成5年12月2日号)には、「選挙制度に詳しい政治広報センター社長の宮川隆義氏」が「政治改革最大の『受益者』は公明党」と題して興味深い発言をしています。

 

……今回の改正案で最も危険な問題は、政府案が認めた戸別訪問の自由化である。戸別訪問は本来、自由であるべきだろう。しかし、政教一致の反社会的集団「創価学会・公明党」が政界に進出している日本の特異事情を考慮すれば、自由化すべきではない。

……(中略)……

戸別訪問よりさらに悪質な選挙戦術は、票数の少ない選挙区への学会有権者移動である。公明党が国会、地方で安定した議席を確保している裏にはその戦術がある。しかし、居住は自由だから、有権者移動は必ずしも選挙違反にはならない。本人が旧居住区に居て、住民票だけを移動する場合が多いから、本人になりすました替え玉投票がバレた時だけ検挙される。

……(中略)…… 

小差で当落が左右される小選挙区制が導入されると、創価学会の有権者移動、替え玉投票作戦は威力を発揮する。政府与党案の戸別訪問自由化の狙いは、そこにある。

……(中略)……

現行の改革案で試算をすると公明党候補と公明党・創価学会の選挙協力を得た“隠れ”公明党の候補は、百名近く当選すると見込まれる。学会の基礎票は、公明党が候補者を立てない小選挙区でキャスティング・ボードを握る。

衆議院で百議席の勢力を持つとなると、日本の政治を左右する大きな力になる。……(中略)……選挙のたびに学会の金庫が潤うことになる。改革案が実施に移されれば、創価学会・公明党の政界支配も決して絵空事ではないのだ。

 

私たちはこれまで、公明党が議席を伸ばし政権を取ることが広宣流布につながると単純に考えてきた時期がありましたが、「創価学会・公明党の政界支配」が現実のものになってきたのに、真の意味の広宣流布からはますます遠ざかっていることが、今や明確になってきました。

国民の何割が入信したら真の広宣流布といえるかという議論はともかく、「広宣流布」と言うからには、多くの国民が日蓮大聖人の教えを信じ、仏法を根本とした正義と幸福にあふれた国家が出現するというイメージがあります。

ところが、現実に創価学会・公明党が権謀術数の限りを尽くして政権に参画したところで、多くの国民は、日蓮大聖人の教えを尊敬するどころか、むしろ反対に危機感、嫌悪感をつのらせるばかりです。

多くの識者が指摘するように、創価学会・公明党は政権に食い込んだことでかえって、腐敗・崩壊に至る速度を速めるのでしょう。

しかし、その過程で、宗門のみならず一般社会にも無用の混乱と害毒を垂れ流すのは、許せないことです。

私たち法華講員が創価学会の独善・横暴と闘うことは、仏法上当然なことではありますが、社会的に見ても意味のあることといえるでしょう。

さて「番外17」までは、シュバイツァー博士について論じてきましたが、それも中途半端なところで止まっていて、申し訳ありません。そろそろシュバイツァー博士についての考察をなんとか締めくくりたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

(つづく)