宗教と倫理の間(23)番外18

○○寺支部 獅子風蓮

独自の御本尊授与

すでに皆さんご存知のように、先日創価学会が、日寛上人御書写の御本尊をコピーして学会独自に御本尊授与を行なうことを決定しました。

自民党分裂の混乱に乗って細川連立政権が誕生し、公明党がその一角に食い込んだのはついこの間のことです。

池田名誉会長は有頂天であったと伝えられていますが、「対宗門で、有利」と現状分析した創価学会トップが、この時期を事実上の「独立」時期に選んだのでしょうか。

決定にいたる経緯については、平成5年9月8日の聖教新聞によれば、

「日蓮正宗改革同盟の栃木・淨圓寺(じょうえんじ)・成田宣道住職から、同寺が所蔵する日寛上人御書写の御本尊を、御形木御本尊として学会員に授与していただきたい旨の申し出があり、更に同改革同盟、青年僧侶改革同盟から、これに賛同する決議書が学会本部に届けられた」ということです。

これ孝受けて創価学会では、総務会で『御本尊授与に関する制定』が全員の賛成により、『可決・確定』されたそうです。

なお、従来のような「御授戒」の儀式は行わないそうです。

これまでも「塔婆・戒名不要論」「同志葬」「独自の勤行要典」と、着々と「独立」に向かって手を打ってきた創価学会でしたから、いつかは「独自の本尊」を作り出すことは予想されていました。

しかし、ことは信心の根幹である「本尊」に関する問題ですから、会員を納得させるのはたいへんです。学会のスポークスマンも、週刊誌などで「独自の本尊」を考えているかと問われて、公式的にはこれを否定していました。

しかし今となっては、このような発言は、会員の動揺を抑えるための時間稼ぎにすぎなかったことが分かります。

「独自の本尊」を掲げて晴れて独立ということになっても一般の会員が創価学会から離れずについていくようにするために、さまざまな「工作」と「洗脳」が行われました。

学会のこのような変化(謗法化)についていけない会員が、少なくとも宗門側に行かないように、日顕上人猊下および宗門のイメージを徹底的に落としておく必要があったわけです。

「墓地問題」にしろ「クロウ事件」にしろ、本質的には、戦略上の必要から創価学会によってしくまれた謀略だったと、断言できます。

さて、このような重大な決定にもかかわらず、聖教新聞の記事を読むかぎり、池田名誉会長はスピーチの中で「独自の本尊」に言及していません。

「独自の本尊」が、名誉会長の指示ではなく、「改革同盟」の住職の「申し出」を受け、さらに「改革同盟」の決議を経て、学会の総務会で「可決」されたという点は重大です。

一見「民主主義」的な形式は整えていますが、「改革同盟」の住職たちが学会の意を体して動いたということはみえみえで、「総務会」での決定が「全員の賛成」であったことを見ても、真の「民主主義」とはかけ離れたものです。

今回の決定によって会員に動揺が少なからずおきた場合、責任が名誉会長に及ぶのを防ぐためにこのような姑息的なやリ方をとったのでしょうが、うがった見方をすれば、今回の「日寛上人御書写の御本尊」は、最終的な目的ではないのかもしれません。

将来、日蓮大聖人の御真筆が手に入れば、そちらに乗りかえるかもしれませんし、池田氏自身が本尊を偽造する可能性も残っています。

このように一見「民主的」な決定の裏には、ずるがしこい計算と、会員の心情を無視した傲慢が隠れているわけですが、真に「民主的」だったらいいのかというとそうでもありません。

創価学会が宗門を批判し、自分を正当化する場合、「民主主義」とか「ヒューマニズム」といった言葉をよく吏います。

創価学会自体はきわめて非民主的、非人間的なことを平然とやってのける団体ですから、このような言葉を使う資格などないのですが、「民主主義」「ヒューマニズム」といった価値観を基準にして仏法を評価できるものでしようか。また、仏法上の重大問題を多数決で決定したりできるのでしょうか。

「真理」は、たとえそれを信じるものが少数であったとしても「真理」であることには変わりありません。

そして、私たちの信ずる仏法は、釈尊をはじめとする方々が追い求めた「真理」の別名であり、日蓮大聖人も「真理」としての法華経に身をささげたのだと私は思います。

私の、これまでの連載で言いたかったことも、この問題なのです。

学会の、一見かっこいい、聞こえの言い言葉に偏されず、「真理」を、「真の仏法」を私たちは求めていかなくてはならないと思うのです。

 

矢野氏の手記

もう一つ、最近のできごとで注目すべきものがあります。

平成5年10月号の「文芸春秋」に矢野前公明党委員長の手記「政界仕掛人極秘メモ全公開」が載ったのです。

一般紙でも紹介されていましたからご存知の方も多いと思いますが、10年前のいわゆる「二階堂擁立劇」の舞台裏に関心が集まっています。

たしかに当事者であった矢野氏の語る「二階堂擁立劇」の舞台裏は興味深いものでしたが、それとは別に、これまで党幹部であった人の次のような率直な言葉は、私に強い感銘を与えました。

(二階堂擁立劇の動機について)やはり私たちはとかく政教一致というご批判をいただいているが、確かに状況をみると、そう言われても致し方ない面はある。だからこそ他の諸君と一緒になることによって、聞かれた政治をしたいという思いがあった。

………(中略)………

(昭和59年9月21日)同席した幹部(既に引退)が、「角栄にあれだけ言われて、黙っていては党員に説明しようがない。学会本部からも角栄の放言を党は放置するのかとボロクソに怒られた。確かに、反論も中途半端だ。竹入委員長や矢野書記長は、言論問題以来の縁があり、角栄が学会に牙を剥くと困ると思うからだろうが、もう、いい加滅にしたらどうなんだ」と言い、今度は竹入委員長と私が宥める。

さらにある人物(今も現職の中枢)が

「これからの党をどうするんだ。学会は、党と議員を無茶苦茶に言う。本部のいいなりだ。我々は『もの』だ。『もの』ですよ、『もの』」

私が「もの」とは何かと聞くと、「『もの』とは意思を持たないという意味だ。心のない『もの』です」

竹入委員長と私は「そんなことは言ってはいかん。考えてもいかん」と厳しく叱り、その後、二人で2時間ほど懇談。

矢野 「エライご時勢ですな、あんなこと言うとは。党も頽廃してきた証拠でしょうかな」

竹入 「あいつはエキセンだ。気を付けろ。昔の事件を根に持っている。必ず、学会の寝首を掻く奴だ」

矢野 「よく、注意する。だが、仕事はできる」

竹入 「だが、この風潮は恐ろしい あいつだけではない。学会も言い過ぎる。それに皆、面従腹背だ」

………(中略)………

竹入 「今は、あまり、秋谷会長に近いとお前に損だよ。そう見られている。とにかく早く顔の麻痺を治してくれ。学会の感じだが、学会と党と同時に人事をやってよいかどうかが問題だな。以前に光亭で矢野---大久保にバトンタッチせよとなっているし」

矢野 「幸か不幸か、私は病気だ」

竹入 「怪しからん奴だ、お前は」

矢野 「県長会に秋谷会長出席予定が急に指示があり、出るには及ばずで欠席だとよ。表向きは、体をいたわれという意味だって」

二人 「さっきは二人で、彼に厳しく注意したが、秋谷会長も『もの』か」

竹入 「学会で人事がありそうで、学会人事と党人事は関係ないと思うが、上がおれに暫く続けろと言っている。それでいいか」

 (つづく)