宗教と倫理の間(10)補遺1
○○寺支部 獅子風蓮
はやいもので、今回でこの連載も第10回目となります。つたない文章にお付き合いくださってありがとうございます。
文章を書く特別の才能に恵まれているわけではありませんので、実は毎回、かなり苦労をしながら文章を書いています。
毎月20日までに原稿を送ることになっているのですが、締切に追われる人気作家や漫画家の苦労が少し分かるような気がしました。もっとも自分の場合はたいした文章でもないし、原稿の量も少ないので、比較するのもおこがましいのですが。
ただ、勤務医という本職を持ちながら、睡眠時間を削って原稿を書くという作業は、怠け者の私としては、多少きついものがあります。
と弁解させてもらい、今回もまた本論から離れ、これまでの連載で書き足りなかったことを、補遺として書かせていただきます。
小説『人間革命』の問題
池田氏の著作・スピーチには全てゴーストライターの存在が指摘されていることは皆さんご存じのとおりです。
とりわけ、池田氏の代表的著作である『人間革命』はそのほとんどが、篠原善太郎氏の代作である疑いが強いことは、これまで指摘してきたとおりです。
しかし匿名の批判者もしくは怨念を持つ「反逆者」の著した本以外に、確実な文献的証拠としては『社長会全記録』がある程度でした。
今回私は、もうひとつの証拠を指摘したいと思います。
『随筆人間革命』(池田大作著、聖教新聞社 1977年)に所蔵されている、昭和46年2月3日の日付のついた章には、小説『人間革命』の執筆に関して、次のような記載があります。
「ともあれ、執筆にあたって、今までも多くの方がたにご協力を戴く。牧口時代の先輩。宗門の方がた。戸田城聖の友人等々。係をとおし、ご支援を願ったことに対し、厚く御礼を申し上げたい。とくに、私を激励してくれたS氏にいたっては、資料の収集はもちろんのこと、文体の運び方、文章の調子、結構までご協力を戴き、感謝の言葉もない。益々のご協力をただ乞う」
以前『社長会全記録』を分析した際に指摘したように、S氏が篠原氏であることは確実です。それにしても「資料の収集はもちろんのこと、文体の運び方、文章の調子、結構まで」協力したということは、『人間革命』の執筆のほとんどを篠原氏が代行してきたといっていることに等しいわけで、池田氏みずからゴーストライターの存在を認めたといって良いでしょう。
ここでひとつ、素朴な疑問が起こります。
それほどまでに、「S氏」のことを感謝しているのなら、なぜ実名をあげて感謝の意を公にしないのでしょうか。
池田氏は、『人間革命』が自分自身の作でないことに関して多少良心がとがめたのかもしれません。
実際には「S氏」の名誉などは二の次で、『随筆人間革命』の場を借りて、自分の心の重荷を取り除きたかったに過ぎないのではないでしょうか。
池田氏が、感謝すべき人物をわざわざ「S氏」とイニシアルで呼んだことは、「S氏」を特定されてはまずいと判断したからであり、『人間革命』代作説を裏付ける証拠の一つであると思います。
最近出版された『創価学会池田王国の崩壊』(永島雪夫著、リム出版)では、匿名ではありますが現職の副会長の生々しい告発の言葉が紹介されています。
『人間革命』にゴーストライターが噂されているという件について、副会長は次のように述べています。
「ええ、その通りなんです。あれは池田名誉会長が書いたものではないんです。長野県生まれで東大出の篠原善太郎さんが書いたというものです。
彼は長野県でも竹入一族と同じく草分けの学会員で、長野県総支部長として組織を仕切ったこともあるんです。創価学会の外部会社で「東西哲学書院」の社長をしたこともある人です。
元々小説家で、文才のあることから、池田名誉会長から『人間革命』の執筆を依頼されて書いてきたと言われているわけです。わざわざ個室まで与えられてね。
ところが、彼が奥さんを亡くしてね、元々体の弱かった人だから(肺を患っていた)、青山の鍼灸院に通った。そこの女医さんと再婚することになった時に、池田名誉会長は猛反対したわけです。
これが池田名誉会長と対立するきっかけになり「もうオレは書かない」と言って、『人間革命』の執筆を断ってしまったのというのです。
だからですよ、『人間革命』が一時中断されたのは。その理由はそういうことでした。
その時、池田名誉会長は皆の前でこう釈明してました。
『最近は海外布教に忙しくて、人間革命を書いている時間がない。暫く休ませていただく』なんてね。中断したまま、篠原氏は死んだんですね。それまで、彼は箱根研修所にある池田名誉会長専用宅の別棟の個室で書いていたというんですが、死んだあとに、必ずどこかに原稿があるに違いないと言って皆で探しまわった。これは多分、金庫だろう、ということになった。ところが金庫の鍵は本人がどこかへ捨ててしまっていたんですね。それで壊して開けたんです。そうしたら、中に原稿があったという話です。
池田名誉会長は意気揚々として皆の前でこう言うわけです。
『また人間革命の執筆をはじめます』
胸を張ってね」
たしかに平成3年5月3日より『人間革命』の新聞連載は再開されました。
それについて私は、この連載の第2回目で「別のゴーストライターが見つかったということでしょうか」と書きましたが、事実はそれほど単純ではなかったようです。
連載が再開されてから、私は文体が変化していないか注意深く読んでいました。
しかしもともと、『人間革命』の文体は、あまりくせのない淡々としたものであり、専門家でない私には文体の変化をとらえることはできませんでした。
ただ、本文の途中で突然、自己主張の強い文章が挿入されていることがあり、そのような個所には違和感を覚えました。
たとえば、12巻「涼風」の章には、次のような個所が認められます。
「あの蓮華寺事件も、それに通じますね」
伸一がたずねると、戸田は頷きながらいった。
「そうだ。大聖人は『第六天の魔王が智者の身に入って善人をたぼらかすなり』と仰せだが、高僧のなかに蓮華寺の住職のような心根の者が増え、宗内を動かすようになれば、広宣流布は危殆に瀕することになるだろう」
〈今日、宗門は、創価学会を破門するという前代未聞の暴挙に出たが、この時、戸田が憂慮していたことが、三十数年を経た今、現実となったといってよい〉……
〈いま、日蓮大聖人の御精神を守り抜かんと戦う我ら創価の同志を、御本仏はかならずや御称賛くださるに違いない。仏法は勝負である。すべては後世の歴史が証明しよう〉
事実を淡々と述べるというこれまでの文体と比較すると、〈 〉内の文章がいかに場違いかということがよく分かります。そもそも、過去を素材とした新聞小説の途中に、現実の事件・出来事についての主観を述べるということは、まずありえないと思うのですが。
今は亡き篠原氏の原稿に、現在の創価学会幹部あるいは池田氏自身が書き込みを行なったと考えると、納得がいきます。
もう一ヶ所、「憂愁」の章で、戸田城聖が九州総支部長の候補として石川幸男(戸田城聖の信頼が厚く、第二代会長の最有力候補と目されていた石田次男のこと)を考える個所にも、不自然な部分が認められる。
……あえて選ぶとすれば、幸男ということになるかな。
幸男というのは、理事で、小岩支部長の石川幸男のことである。
まさに彗星のように、短日月のうちに、登場してきた幹部といってよい。
しかし、それだけに、戸田には、気にかかることも少なくなかった。
学者肌の石川は、教学に力を入れ、編集者としての力も着実に増していったが、実践力に欠け、人への配慮に乏しいのである。
出会った同志が挨拶をしても、まともに返事もしないといった声や、支部員に対する態度が、横柄で冷たいといった声も出ていた。
戸田は、石川幸男の自己中心的な性格と、次第に兆し始めた慢心を見てとり、憂慮していたのである。
また、酒を飲んで乱れることも、戸田の心配の種であった。酒を口にすると、別人のようになって、周囲の人に絡み、時には、自分の支部員に際限のない酒まかせの指導をすることもあった。
このように石川幸男の力量、人格に問題が大きいと戸田は考えたのだから、彼を九州総支部長にふさわしくないとしたなら話はつながるのであるが、結局戸田は石川幸男を九州総支部長にしたのである。前後のつながりから言って、不自然だと思います。
そもそも当時、戸田が石川幸男のことをどう思っていたのかということは、まわりの人には分からないはずです。また、『人間革命』の中で、特定の幹部の人格がこれほどまでに問題とされたことはこれまでありません。
石川幸男こと石田次男氏は、その晩年創価学会の内部にあって公然と池田氏を批判していました。池田氏は内心、石田氏のことを忌々しく思っていたことでしょう。石田氏は、平成4年2月4日に亡くなりましたが、まさにその直後にこの個所は書かれたのです。
おそらく、前後の文脈とは異質の、この問題の個所は、池田氏の石田氏に対する怨念がむりやり書き込ませたものなのでしょう。
『人間革命』が問題なのは、なにもゴーストライターの件だけではありません。
小説という形態をとったことで、創価学会・池田氏に都合の良いような脚色もしくは歴史の改竄がなされていることの方がもっと重大です。
『人間革命』は一時期「現代の御書」と呼ばれ、会員必読のテキストとされています。現在でも、聖教新聞などでは『人間革命』は創価学会の「正史」と位置付けられています。
しかし、たとえば「名誉会長の入信場面」などは、実際と異なりずいぶんと美化されていると、多くの人が述べています。「48歳と19歳の師弟年齢」も厳密に言えば成り立たないということです。(溝口敦『堕ちた庶民の神』、藤原行正『池田大作の素顔』、龍年光・福島源次郎『告発対談』、戸口浩『池田創価学会の真実』など)
事実との関係を問われると、「これは小説だから」と逃げられるわけです。
その一方で、池田氏の半生記『私の履歴書』には、堂々と、あたかも真実であるかのように書かれ、少しずつ「正史」として定着していくのです。
こうして「神話」は作られていくのです。
自分自身の歴史を、善悪を含め、正しく書き残さない団体は、真摯に過去を反省をすることがないでしょうし、正しい未来を進むこともできないでしょう。
なぜこのように、『人間革命』にこだわるかといえば、この小説は、連載を再開したこの頃から、社会との間のさまざまな問題を取り上げることになるからです。
『人間革命』第11巻「大阪」、「裁判」の章などは、かつて創価学会が引き起こした選挙違反と、その刑事裁判について書かれています。
さすがに創価学会員が、買収、戸別訪問などの違反行為をした事実については認めていますが、山本参謀室長(池田氏のこと)の関与はないとしています。
私個人は、そのことに対して事実かどうか判断する材料を持ち合わせていませんが、これまでの『人間革命』の書き方からすると、「脚色」「改竄」があるのではないかという疑惑を捨て切れません。山本参謀室長の無罪が事実だとするならば、このような疑惑を読者に抱かせるということは、池田氏にとってたいへん不幸なことです。
また、小説の舞台が、言論出版妨害事件、妙信講(現在の顕正会)との確執、宮本(共産党)議長宅盗聴事件、「五十二年路線」のような微妙な問題にさしかかった時、「小説」はどこまで真実を伝え、どこまで脚色を施すのでしょうか。
創価学会が引き起こしたさまざまな反社会的行為に言及する場合は、小説『人間革命』を利用した歴史の改竄といった、これまでのような安易なやり方は許されないと思うのです。いっそのこと、『人間革命』は早く打ち切り、真面目に過去の歴史の事実を反省すべきだと思います。