宗教と倫理の間(4)番外2
○○寺支部 獅子風蓮
創価学会の行なった情報操作の一例として、前回、ダニエル・メトロ博士の著書と、その日本語版『人間と平和の大河-創価学会の歴史と理念』の内容のギャップについて、資料を紹介しました。今回は、これについて、私なりの解説を行ないたいと思います。
平成2年4月、米国の大学準教授ダニエル・メトロ博士が学会本部を訪れ、秋谷会長と会談しました。ここでは、博士の近著『人間と平和の大河-----創価学会の歴史と理念』をめぐって話が進み、秋谷会長は「『立正安国』の理念から今日の学会の運動に至るまで、正しい認識を与えてくれる貴重な研究です」と評価したということです。
私はさっそく本屋でその本を求めました。その本は「泰流社」という聞いたこともないような出版社から発行されていました。訳者は遠藤靖夫となっていましたが、奇妙なことに、訳者の肩書きも略歴も書かれていませんでした。
私は、ピンとくるものがあって、この本の原書を米国から取り寄せ、訳文と突き合わせてみたわけです。
メトロ博士が「日本語版への序文」に「今回、日本語版の発刊にあたって、資料的に古くなった個所を新しい資料と差し替えたり、日本人の読者を考慮し、読みやすくするなど、若干、加筆・訂正させていただいた」と言っているように、納得できる範囲の修正は許せます。しかし、意図的に、創価学会側に都合よく修正・削除が行なわれている個所も少なくありませんでした。その中の主なものについては、前回紹介した通りです。
結論としてこれは、「泰流社」という出版社をダミーとし、創価学会自身が行なった、創価学会に都合よく修正された翻訳作業である可能性が高いと思われました。
しかもこの作業を通じて、創価学会がどのような過去に触れてほしくないか、あるいは、どのような事実をかくしたいかがわかり、興味を覚えました。
原書29ページで、創価学会の幹部、末松氏が、牧口初代会長のことを、日本の軍国主義や戦争への動きに強く反対した殉難者としかとらえていないことがわかります。
創価学会の幹部といえども、創価学会内部の資料のみで歴史を学ぶかぎり、このようなとらえ方をすることは当然といえば当然でありますが、原書にあるように、事実は少し異なるようです。
創価学会の幹部ともあろう人が、創価学会の正しい歴史を知らないということは問題です。小説として書かれたはずの『人間革命』がいつのまにか創価学会の正史になっているのです。池田氏と学会に対して少しでも批判的な情報は、創価学会内部では得られません。創価学会内部の言論操作は、知らず知らずのうちに十分浸透しているといえます。
学会員には、言論出版妨害問題にしても、宮本宅盗聴事件にしても、正しい知識は全く与えられず、内部的な討論や反省など行なわれません。その結果、創価学会の体質は改まらず、同じような問題が将来再び起こる可能性があるのです。
創価学会に対して批判的もしくは厳しい表現を少しでも和らげたいという翻訳者の意図は、多くの個所で認めることができました。
▼戸田二代会長に対して、原書では、「ファナティック(狂信的)」という表現をしているが、日本語版では、「熱情家」となっている。
▼牧口初代会長の価値論は、原書によれば、社会を「功利的に」説明しようとしたものであるが、日本語版では「功利的」という言葉をきらって、「価値論的に」としている。しかしこの訳では、牧口氏の価値論を、「価値論的」という言葉で説明したことになり、論理的には、意味をなさない。
▼原書によれば、牧口初代会長は、政府が日蓮正宗を他の仏教諸派と合併しようとしたのに対して反対した。彼は偉大な勇気と信念の人であった。しかし、創価学会員が今日称賛するような勇ましい戦争反対論者ではなかった。このような原書の主旨が、日本語版では、「牧口は、政府が日蓮正宗を他の仏教諸派に併合しようとしたときに、政府と対立したし、座談会でも戦争のおろかさを訴えた。彼は、偉大な勇気と確信を持った人物であったが、むこう見ずの攻撃的な戦争反対論者ではなかった」と創価学会に都合良く改竄されてしまっている。
▼創価学会の教育システムは実際にはきわめて小さいと、原書には書いてあるが、日本語版では、「創価学会の教育機関は、一貫教育が志向されている」となっている。
▼また、原書では、創価学会が言うところの“人間教育”は何を意味するのかはっきりしない、となかなか厳しいが、日本語版では「創価学会は“人間教育”を掲げており」となってしまう。
日蓮大聖人と日蓮正宗の歴史に関して、メトロ博士は良く研究しており、学問的という意味で公平かつ客観的に記述しているのでありますが、創価学会がこれまで会内で主張していたところと多少異なるところもあり、日本語版との食違いをいくつか認めました。
▼日蓮大聖人と浄土宗の関係について、原書では「日蓮が、『念仏』の有効性という点で浄土信仰に刺激されたのは明らか」であり「『題目』と呼ばれる実践において、同様の信仰を展開した」としているが、日本語版では浄土宗との関係には触れず、単に「日蓮は『題目』と呼ばれる実践において、独自の信仰を展開した」となっている。創価学会にとって、日蓮大聖人の題目が、浄土宗の念仏の模倣といわれることは忍びがたいのであろうが、ここまで文意を曲げることは、翻訳の任務を明らかに逸脱しているといえよう。
▼日蓮正宗の説明に関して、原書では、「いくつかある日蓮宗宗派のひとつ」であり「日蓮大聖人を宗祖、日興上人を第二祖とする仏教宗派。この宗派は、自分たちこそ正しい仏法の教えを守っていると考えている」と、客観的に事実を記載しているが、日本語版では、「日蓮正宗は、日蓮の教えを正しく継承している宗門」であり「日蓮を宗祖、日興を第二祖とし、大石寺を総本山とする仏教正統の宗派」となり、創価学会の出版物を見るような主観的記述になってしまっている。
日蓮正宗と創価学会にあっては、本尊の問題は微妙であります。正本堂御安置の大御本尊の絶対性は、私も一信徒として疑うべくもないのでありますが、一般家庭に安置されている「御本尊」と正本堂の「大御本尊」とは功徳において違いがあるのでしょうか。教学的知識が足りない私としましては、よくわからないのですが、信徒としては信仰の根幹に関わる本尊のことですので、不用意な詮索は謹まなくてはなりません。
しかし、信徒の集団であるはずの創価学会自身が、この本尊の聖域を侵し問題になったことがあります。
今から16年ほど前、池田氏は、8体に及ぶ「常住本尊」を模刻しました。いわゆる「52年路線」のもと、「御本尊はもはやすべて同じ」という論理を組み立て、「大御本尊」なしでもやっていける独自の体制を模索していたといわれた時です。
昭和49年の秋、池田氏の指示によって、聖教新聞社の地下において、本尊の模刻は行なわれたそうです。日蓮正宗本山から下付された紙幅の「常住本尊」などを、板本尊に模写して増やし、会館などに安置しました。その後、宗門内でこれが問題化し、池田氏は、これら本尊模刻の責任を取って、会長職を辞任しました。
その後、日蓮正宗・創価学会内で、「本尊模刻」の問題に触れることは、タブーとなっていました。
▼原書では、「登山会の主たる目的は、大御本尊を礼拝することである」という文の後に「学会員は皆、各自の家に御本尊を持っているが、実物の前で祈ることは、それよりもずっと功徳が大きい」という文章が続いているが、日本語版では後半が削除されている。
創価学会員の入信の動機や日々の活動に関して、メトロ博士は取材に基づき、かなり的確に記述しています。しかし翻訳者は、かつて創価学会が用いたあまりに露骨な因果応報・現世利益的表現をきらい、古い学会の体臭を払おうとしていることがうかがえます。
▼原書65ページの[3]と67ページの[3]の体験談は、日本語版ではそれぞれ削除されている。功徳罰論があまりに単純すぎて、体裁が悪かったのだろうか。
▼原書でメトロ博士は、「病気の原因と治療に関する学会の見解には、ある危険性がともなう。肉体的、精神的な問題にはしばしば深刻な事態もあり、専門的治療を要する場合がある」と警告している。それに続く次の文章が、日本語版では削除されている。「日蓮正宗の信仰が本当に病気を治したり、困難な問題を解決したりできると確信した場合、その会員は、彼を本当に助けることのできる医師や精神科医の援助を無視することもありうる。私は、病気が治ることを期待して学会に入ったものの、医療の助けを求めなかったために病気が悪化したり死亡したりしたという例を、何例か聞いた」
たしかに、メトロ博士のいうような例は、かつての創価学会には少なくなかったかもしれません。戦後、創価学会には、かなり強引な折伏を展開した時期があります。今から考えれば、場合によってはかなり無茶苦茶なことも言っていたでしょう。医療の恩恵に十分浴することのできない貧困層が多かったことも重要な背景ではあります。
翻訳者は、メトロ博士の言うような悲劇は、もう過去のものであるから、取り上げる必要がないと考えたのかもしれません。
▼折伏の意義について、原書は次のように池田氏の言葉を引用している。
「なぜ我々は折伏をしなければならないかといえば、そうすることによって功徳を得、成仏することができるからであります。日常生活で、もし私たちが上司の命令を聞かなければ、給料がもらえないでしょう。くびになってしまいます!それはよくない。働かなければ、給料がもらえないということは、全く合理的です。どんなに眠くとも、どんなに暑くとも寒くとも、ちゃんとした給料つまり功徳を受けるためには、私たちは上司の命令と、日蓮大聖人の教えに従わなければなりません。そうすることによって、私たちは悩みない人生を送れるのです。
日蓮大聖人は、末法における成仏の方法は、個人的信仰と他者の改宗であるとお教えです。これは、題目をあげ、折伏をすることであります。そして、題目と折伏なしに何事も起こらないし起こり得ません。これは末法における、唯一の実践なのです」
これが日本語版では、『創価学会指導集』から引用した、次のような体裁の良い文章に差し替えられている。
「折伏行は、日蓮大聖人の民衆救済の大精神であり、その御遺命を受けた創価学会の使命であり、骨髄である」「折伏とは、人間としての共通の悩みに一緒になって苦しみ、それを語り合いながら、人間としての生き方にめざめていくことである。いいかえれば、折伏とは自他ともの人間精神の覚醒運動である。人間と人間の魂のふれあい、そして生命の本源的めざめ、それを通しての互いの錬磨と成長の場全体が、折伏である」
かつての池田氏の発言も、その一部は触れられたくない過去に属しているようです。
創価学会の組織について、原書の記載はほぼ客観的で正しいのですが、メトロ博士の筆が創価学会の金権体質的な部分あるいは特定の人物の紹介に及ぶと、翻訳者は神経過敏な反応を示します。
▼原書では、創価大学が短期間にすぐれた教授陣を整えた方法について、「大勢の著名な教授や学者を、より多くの給料、よりよい就職条件、より多くの研究機会を増加する約束をもって招聘した」としているが、日本語版では「より多くの給料」という個所が削除されている。
知識人を学会の味方に付けるためには、金に糸目はつけないというのが創価学会の常套手段です。
これによく似た例として、総合雑誌『潮』があります。『創価学会・公明党の研究』(坂本守著、昭和53年)という本のなかで、『潮』がいかにして短期間に論壇に地位を確保することができたかが、明かされています。既成の言論人に、「法外」な原稿料を払うという安易な方法です。
▼男子部(YMD)に関する原書の記載のうち、次の部分が削除されている。
「男子部の1984年におけるリーダー、太田昭宏は見るべき人物である。彼は、池田が組織全体から受けるのと同様に、絶大な支持を男子部メンバー全体から受けている」
なぜ太田昭宏氏に関する記載が削除されたのかは不明です。
創価学会は公明党という政党を作ったことで、日本においてきわめて特異な宗教団体と言えます。当然のことながらこの新しい試みは試行錯誤の連続であり、文字どおり右に左によろめきながら現在に至っています。創価学会が、政治と関わりを持ったことを自分自身どう考えているのか、この作業からうかがい知ることができます。
「政教分離」以前は、公明党はその綱領で「王仏冥合」「仏法民主主義」「人間性社会主義」などの独特の目標を掲げていました。「政教分離」以後は、新しい綱領から「王仏冥合」「仏法民主主義」などの宗教的な表現は姿を消し、「人間性社会主義」という表現のみが残りました。しかし現在でも、創価学会員の意識のうえでは、「王仏冥合」も「仏法民主主義」も生き続けています。選挙のたびに創価学会員は、公明党支持を増やすことが広宣流布に通じると信じて応援にかけ回ってきました。
このような「本音」と、「政教分離」という「建前」の間のギャップが、翻訳の際にも顔をだします。
▼池田氏と公明党の関係では、原書の次の個所が、それぞれ削除されている。
「それにもかかわらず、公明党のリーダーたちは、政策決定に関して時折、池田に相談するであろう。また池田が中国に旅行した後で、池田と中国指導者との会談に関して教えてもらうために、彼と話すことが時折あるだろう」
「ある記者によれば、池田は依然として政治力を欲しているという。しかし一見して分かるよう政治力ではない。彼は、過去の引退した将軍のように、舞台の裏で間接的に働き、影の実力者になることを好んでいるという」
▼創価学会の中国外交に関しては、中国側の思惑や、田中元首相と創価学会・公明党の深い関係などについて、創価学会にとって都合の悪い点があるようである。原書の次の個所が削除されている。
「中国は、創価学会を通じて、日本に数多くの好意的な支持者を得ようとしていたという証拠がある。その目的は、池田の政治力を使って日本の政治に影響力を持つことと、日本の大衆とコミュニケーションするための便利な手段として池田を使うことであった。また、1971年から72年にかけて、創価学会は、田中政権と中国の間の直接的仲介者として働いたようであった。もしその時、創価学会とその政党が中国と田中政権の結びつきを強めることを助けたとすれば、創価学会と公明党の民間外交は、影響力なしとは言えないであろう」
本文のしめくくりとも言うべき、原書の最後の部分が大きく削られ、内容の全く異なった文章に差し替えられていました。翻訳者の意図は、言うまでもないでしょう。
[原文]池田大作が舞台から去ったとき、本当の危機が訪れるだろう。多くの出版物で、人びとは池田の写真や池田に関する記事を、きりがないほど目にする。それによれば、学会はあたかも池田崇拝者集団(池田カルト)にすぎない。総本山大石寺の近くにある学会の富士美術館の展示品の大部分は、池田の撮った写真である。あたかも彼が、世界で唯一の偉大な芸術家でもあるかのように。このようなカルト的行動は、全体として、運動にとって有害である。というのは、他の外部の指導者の仕事や寄与から、注意をそむけさせるからである。創価学会内部から池田に注がれるこの追従は、外部の観察者に、真の崇拝対象は日蓮や彼の漫荼羅ではなく池田自身ではないかという印象を与えることになる。この傾向はたしかに健全ではない。個人的には、池田は温和で、むしろ気取らない紳士であるが、会員や創価学会出版物が、学会生活の他の面にもっと注意を向けるように、勇気をもって仕向けるようにしなければならない。とても有能な学会指導者が、まとまった世代として今まさに存在している。彼らにもっと注意を向ける必要がある。そうでなければ、将来いつの日にか、池田が死ぬかあるいは学会を率いることができなくなったとき、学会員が新しい指導者に適応するのは難しくなるだろう。
[日本語版]創価学会が繰り広げている民衆レベルの平和運動は、もちろん、宗教的な使命感にもとづいたものにちがいない。しかし、必ずしも、全人類が創価学会に入会しなくとも仏法を基調にした”平和のメッセージ”を全世界の人びとが共有することは、創価学会の使命を果たすことにも通じることだと思う。(以降、省略)